埋もれちゃいけない名車たち VOL.30 伊版・醜いアヒルの子「フィアット ムルティプラ」

VOL.30 伊版・醜いアヒルの子「フィアット ムルティプラ」

アヘッド フィアット ムルティプラ

例えば国別をサラッと考えてみるならば、ドイツ車にはルーズなクルマというのはほとんどないし、フランス車には乗り心地のひどいクルマというのがまずない。

ボディのタイプで考えてみるなら、2ドアのクーペは大家族が日常的に移動するのに便利なようには作られていないし、ピックアップトラックがドライバーにめくるめく快感を与えてくれるようなドライブフィールを持っていることはまずない。そういうものなのだ。

が、ごくごく稀に、一応はカテゴライズすることはできるのだけど、実際にはその枠組みみたいなものをあらゆる意味で飛び越えちゃってるような痛快なクルマも存在する。1998年から2010年にかけて生産された2代目フィアット・ムルティプラは、その代表例といえよう。

見るからに奇妙な姿をしたムルティプラは、生まれながらにして〝世界で最も醜いクルマ〟と評され、逆にその個性が愛されたりもしたわけだが、実態は前後とも3人並びの6人乗りという珍しいシートレイアウトを最大の特徴とする、見た目どおりのミニバンだ。

にも関わらず全長が4m以下に抑えられているのは、ヨーロッパのカーフェリーの料金が4mを超えるといきなり高額になるので、そこに配慮したためらしい。

そんなところからも判るように、ムルティプラはあくまでも庶民向けのファミリーカー。けれど運転席以外のシートが全て折りたたみと取り外しが可能だったことから、このクルマは家族向けミニバンの枠を軽く飛び越え、荷物をガンガン積み込むコマーシャルバンとしても、タクシーとしても活用された。

働くクルマとしても完璧に近かったのだ。そのくせ重心高が思いのほか低く、トレッドに対してホイールベースが短いためにハンドリングも秀逸、またステアリングのすぐ横にシフトレバーが配置されるなどその気にさせる演出もなされていて、まるで少し背の高いFFのスポーツカーみたいに峠道を攻めて楽しむようなドライビングも受け付けてくれた。

メインの1.6リッターDOHCの103psエンジンは回転を上げれば上げるほど活発さを増すようなちょっと熱いエンジンだったから、並のセダンや2ボックスカーなんかよりもドライビングが遙かに楽しいクルマだった。

誰も我慢しなくていい、精神的にはどのジャンルにも属さないクルマ。やはり〝とらわれない〟というのはとても素敵なことなのだと思う。

フィアット ムルティプラ

アヘッド フィアット ムルティプラ シート

1950年代のフィアット600ベースの多目的車、初代ムルティプラの名前とコンセプトを受け継ぐ2代目がデビューしたのは、1998年のこと。ハイビーム用ランプがAピラーの付け根に配されるなど奇天烈なスタイリングが目立ったが、その実態はスペース効率もよく使い勝手にも優れた室内レイアウトを持つ極めてマルチなクルマ。

こんな姿をしていながらスポーツカーのように走ることができるところも特徴のひとつだった。ちなみにこの姿は2004年まで。その後は他のフィアットと同じ顔つきを持つ後期型が2010年まで販売された。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。

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