レーシングドライバー 井原慶子

レーシングドライバー 井原慶子

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若林 井原さんの著書『崖っぷちの覚悟』を読んで、井原さんのことを勝手に気が強くて負けず嫌いな人だと決めつけています。

井原 気が強くなったのはレースを始めてからだと思います。以前はそうではなかったですね。

若林 というと、子供のころは。

井原 おとなしかったんです。両親はすごく厳しい人だったので、いわゆる優等生で通っていました。あだ名は「勉強家」だったし。毎日家に帰ると何時間もピアノを練習するタイプでした。

若林 そうだったんですか。

井原 転機は高校生のときですね。父の転勤で北海道に行ったのですが、自分ではそれが不本意で、もう勝手にやってやろうと。親に対する反発があったんですね。でも結果的には良かったと思っています。まわりの友達の影響もあって、それまでの自分から変化することができました。

若林 レーサーの道を歩くと決めた際に、誰のバックアップも得られなかったと著書に記されてます。両親からも反対されたのですか。

井原 父に「レーサーになりたい」と行ったら、「1円も出さない」と言われました。ゴルファーになるなら思いっきりバックアップしてやるけどと。親に限らず、誰に話をしても批判的でしたね。

若林 でもかえってそれがパワーを生んだのではないですか。親や周囲からのバックアップを受けずに世界で活躍している方はたくさんいます。以前に比べて今はドライバーをバックアップするシステムは整っていますが、日本人は世界の大舞台で勝てなくなったと聞きます。意識の違いや危機感の違いが関係していると言われていますが。

井原 システムに乗った人と、自分で物事を組み立てて来た人とでは、最後は違ってくると思いますね。

若林 バックアップを受けることが良いとか悪いとかではなく、自分の人生をどう組み立てて行くのかということが大事なんですよね。

井原 私の場合は、自分で組み立てていかざるを得なかった。自分でやらなければレーサーとして生き残れない環境だったので、そうするしかなかった。そして今も常に「今できること」を考えるようにしています。

若林 あと、お金の使い方が男前ですよね。躊躇しないんですか。

井原 しないですね。お金がなくなったところで死ぬわけではないですから。1年目は日本でフェラーリのレースをやりましたが、2年目からずっと海外でレース活動をしています。

自分より圧倒的に若いヨーロッパの若者と争うわけです。彼らは18歳だろうが19歳だろうが、自分でスポンサーを探してきます。トレーニングに誘うと、「ごめん、明日はスイス銀行の頭取に会うから駄目なんだ」と。自分でスイスまでクルマを運転して、スポンサードしてもらう交渉をしにいく。ヨーロッパとは言え、常にうまくいくとは限りません。でも苦労した経験は必ず強みになります。

2013年ル・マン

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若林 彼我(ひが)の違いを感じますね。

井原 日本だとレース以外でも聞いたことないでしょう、銀行の頭取と融資の交渉をする18歳なんて。

若林 そういう18歳がいることも驚きだけど、その18歳を相手にする頭取がいることも驚きです。

井原 ヨーロッパには、やりたいことに打ち込む人を認める社会がある。日本は多民族国家ではないせいか、価値観の違いを認めたがらない社会のように感じます。

若林 とは言え、日本人である私たちも生きて行くうえでは時に価値観の違う人たちとうまくやっていかなくてはなりません。そのためにはどうすればいいでしょう。

井原 とにかく時間を共有して言葉を交わすことですね。私が女性だというだけで嫌う人もいたし、ドライバーとしては年齢が高かったので、そんな年寄りのドライバーは相手にしたくないという人もいました。でも、そういう人たちを味方にしないと成果は出ません。

若林 なかには、苦手だなと思う相手もいるでしょう。

井原 そういう相手とも積極的にコミュニケーションをとるようにしています。話をしてみると、先入観や勘違いであることが多いですから。

若林 イギリスで1年を過ごした翌年はフランスに移られましたね。次から次に大きな決断をしてこられたわけですが、悩んだときはどう決断するのですか。

井原 本当に自分がやりたいことかどうか。それだけです。日本では「やりたい」とか「やりたくない」と主張すると自己中心的で気が強いと受け取られます。でも、ヨーロッパでは「気が強くないと何ごとも成し遂げられない」と考えられていて、気が強いことは悪いことではないのです。レースに限らず、会社の仕事でも同じだと思います。本当に自分がやりたいことに対しては力が出る。大きな決断が必要なときは、それをやりたいのかどうか、自分の心に尋ねることにしています。





若林 ある意味でレースは恐怖心との戦いだと思うのです。井原さんは大きなクラッシュも経験している。このまま行ったらどうなるのだろうと想像する恐怖心と、クラッシュした後の実際の体験から来る恐怖心の違いについて教えて下さい。

井原 コーナーに進入していくときに感じる恐怖心については、無理はしない。なぜかというと、エイヤと気合いで飛び込んでいたら、命がいくつあっても足りないから。

若林 確かに。

井原 また、恐怖心があるということは、マシンのセットが良くないなど何か原因がある。だとしたら、どこが問題なのか。その問題を解決して恐怖心を消していきます。

若林 論理的ですね。

井原 一方、クラッシュした後の恐怖心に関して言うと、私の場合はあまりありません。なぜ恐怖を感じないかというと、それもまた分析です。なぜクラッシュしたのかという分析が終わっていれば、大丈夫という確証があるからです。分析をせずに前に進むことはないですね。

若林 公道レースはかなり危険だと言われていますが公道を使用するレースにも出場されてますね。

井原 今年やってみて世界中で一番難しいのはル・マンだとつくづく思いましたね。公道とパーマネントサーキットが組み合わさったコースで行われるのですが、サーキットを時速300キロ以上で走るのと、公道を300キロ以上で走るのでは、まるで違います。それが1周の中にちりばめられている。それまで経験したことがないレースだと感じました。

若林 1スティントどれくらい走るのですか。

井原 2時間です。GTカーは体力的に問題ないのですが、いま出場しているWEC(世界耐久選手権。ル・マン24時間はシリーズの一戦)や、かつて参戦していたイギリスF3は苦しいですね。コーナリング性能が高いので、思い切り走らないといけない。F1は年に2〜3戦乗るならできても、女性の場合フル参戦は無理だなと思っていました。でもWECに乗ってみて、これに乗れるならF1にも乗れるなって思いました。それくらい体力的にはきつい。

若林 井原さんに対する驚きのひとつは、ものすごいトレーニングをしていること。そこまでしないと表彰台には上がれないのですか。

井原 ヨーロッパのサーキットは身体的にきついところが多い。4G以上が8秒かかるサーキットもあります。体はきついのですが、乗っていておもしろいですね。

若林 やはりおもしろいが優先されるのですね。

井原 ただ、体力不足は感じていて、ヨーロッパにいるときは100キロをサイクリングし、20キロ走って、プールで泳いでとやっていました。そこまでやってようやく、F3で50分間戦える感じでした。

若林 トレーニングをし過ぎて、最後には体調を崩されましたね。

井原 限度を超えていました。06年は年に200日以上は38度以上の熱がありました。男性と同じレベルでトレーニングしていたのです。でも決して同じ体力にはならない。体力をつけた一方で免疫力が落ち、自律神経の回復ができなくなってしまったのです。体に斑点が出たり、目が真っ黄色になったり。

若林 それではレースをする前に死んでしまいますね。

井原 だからそれはやめようと。いまはそこまでトレーニングしなくても乗れる方法を実践しています。

若林 ふだんは出せない極限の力を発揮できる状態、『ゾーン』に入りたいときに入れるそうですが。

井原 できます。きっかけはマッサなんです。イギリスに渡った最初の年は、フェリペ・マッサやキミ・ライコネンと一緒に走っていました。

若林 二人とも今はF1ドライバーですね。

井原 なぜかマッサとはレース中に絡むことが多くて、いつもカッときていた。そのカッとしたときにすごい力が出るのを感じたので、それから毎回、なにかにつけて自分を怒らせてみようと。そんなところから分析を始めてゾーンの入り方を極めていきました。

若林 カッとなるとダメなような気がしますが。

井原 ええ。最終的には、怒っているときは最高のゾーンに入っていないことが分かりました。要は血流が脳にいっているかどうかなんですね。そこを自分でコントロールできるようになることが重要なんです。

若林 いろんなハードルを乗り越えて来られたんですね。でもそのハードルが人を成長させるのかも知れませんね。

井原 そうですね。私の場合は何もしないのにいいことが起きるということはなかった。でも、それなりに準備して一所懸命やったことに対しては、必ず成果が出ると感じています。その成果は成功とは限らない。成功と失敗の繰り返しで人生が豊かになってきたと思います。

若林 人は成功者を見ると、その人が恵まれていたからとか、運が良かったからだと思いがちですが、決してそうではない。恵まれた環境を手に入れるのも、運を呼び込むのも、その人が自ら動いた結果。ただ待っているだけでは何も変わらないということですね。

井原 そうです。だから私は、迷ったら一歩踏み出すようにしています。子供でも大人でも、やったことに対しては成功しても失敗しても認めてあげることが大切。認めてもらえばモチベーションが湧いてくるし、自信になる。その人の成長の幅が違ってくると思います。

体調に異変をきたすほど過酷なトレーニングを続けるなど、並大抵の覚悟ではできない。ともすると隙のなさを感じさせるが、一方でおっちょこちょいな一面もある。

例えば、初めてのレースでヘルメットを忘れたり、引けば開くはずのトイレのドアを押し続けて閉じ込められたと早合点し、助けを求めてみたり、直後に2レース目が控えているのに、1レース目の表彰台でシャンパンをがぶ飲みしてしまったり…。

完璧でないから進んで一歩を踏み出し、分析し、努力するのだ。好きなことだし、一度きりの人生だし。

アヘッド 2013年ル・マン

2013年ル・マン

アヘッド 2012年ル・マン

アヘッド 2012年ル・マン

Keiko Ihara
国際レーシング・ドライバー。大学在学中、レースクイーンのアルバイトをきっかけに、レーシングドライバーを目指す。ゼロからのスタートで25歳のときレースデビュー。以来ヨーロッパ30カ国を転戦。女性レーシングドライバーのパイオニア。現在の愛車は日産リーフ。著書・『崖っぷちの覚悟』(三五館 ¥1,400)

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。

世良耕太/Kota Sera
F1ジャーナリスト/ライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など。http://serakota.blog.so-net.ne.jp/

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