おしゃべりなクルマたち Vol.68 ピッコリーナ・レンジャー

Vol.68 ピッコリーナ・レンジャー

アヘッド ピッコリーナ・レンジャー

クルマ選びに際して決めていたのはMTの小型車であること、これだけ。

私はせっかちで慌て者、大きな車にゆったり乗る器量は持ち合わせていない。身丈に合った小型車でギアを忙しなく変えながらダダダーッと走る、これが性に合う。駐車も前進と後退を繰り返して広い場所に止めるより、何度もちょびちょび切り返しながら狭いスペースにぎりぎりで入れることに悦びを見出す。

最初に消えたのはプジョー206やクリオ、トゥインゴ、当地で代表的な小型車だった。停めた場所を必ず忘れる私には数の多いクルマは不向きである。知人の206でスーパーに行き、買物を終えてから確信を持って他所の人の206のドアに鍵を差し込み呆れられた。

味はあっても古いクルマもバツ。田舎暮らしの宿命で自動車はライフラインだ。故障は困る。パーツ探しを楽しむゆとりも今は持ち合わせていない。

私は誰の話を聞いてもほーっと感心して、すぐ意見を変える人間だが、自信を持って断言されるとうんざりする。ぐちゃぐちゃ迷いながら、違うかなあと言う人の意見に心うごかされる。そのせいかどうか、ドイツ車のように胸を張るクルマは苦手だ。アンタは立派、でも私はごめん、こんなところ。

スタイリッシュな小型車といえばミニとチンクエチェントだが、この2台を選ばなかったのはユーザーを限定した印象があったから。これはおしゃれな保存容器や瓶をずらりと並べたキッチンを見たときに感じる思いと似ている。

私はこういうインテリアを見るといつも瓶に入り切らなかった紅茶の葉はどうするのだろうとこちらが気になって仕方ない。決まり事が多い社会は決まり事をクリアして中に入ればラクだけれど、中に入れないと生きる場所を失う。枠組みが緩やかなクルマが好き。誰が乗ってもそれなりに。それで結局、パンダが残った。

いつだったか初代パンダをデザインしたジウジアーロが“クルマ以上でもクルマ以下でもないクルマ”と表したが、まさにこれがパンダだ。ネーミングもうまい。彼の代表作はゴルフとかアルファロメオの印象が強いが、私はパンダだと思っている。

クルマを停めた場所はすぐ忘れるくせに、家の中はダンナと子供の気持ち以外は綿棒の残りの数まで掴んでいないと落ち着かない。必要以上でも必要以下でもないモノで暮らし、私を求める人がいれば身の回りのものをさっと詰めて、傘とドライビングシューズを常備したパンダで駆けつけるのが私の理想。

あなたが困った日には私が駆けつける、パンダですぐ行く。回りにいつもこう言ってある。今のところ出動要請がないのが実に残念だ。

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。
自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。


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