Rolling 40's Vol.67 新たな幕開け

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寒いのが大嫌いだと騒ぎながらも、今年の正月は冷たい風吹く伊豆から凍てつく箱根へと、バイクでショートツーリングを敢行した。こんなに寒い国に生まれたことを恨むように、風をかき分けながら突き進む修行のような時間だった。

text:大鶴義丹 [aheadアーカイブス vol.137 2014年4月号]
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Vol.67 新たな幕開け

Vol.67 新たな幕開け

ウィンターシーズン対応のバイクウェアも音を上げたその日から3ヵ月がたち、日当たりの良い昼間の自動車内ではヒーターが不要になることもチラホラと。

いよいよバイクシーズンの本格到来である。眩しい日差しのなか、春風を全身で受け止め走り続ける時間。この喜びは真冬でもバイクに乗り、フローズンアイスのような風の中をアクセルをひねり続けた修行僧しか分からない感動だろう。

そんなバイク道真っしぐらの私にも、今年は変化の兆しがある。それはオフロードの復活計画だ。春から私はオフロードに回帰する。

私は16歳から23歳までの間に、いつかは海外ラリーにというような勢いでオフロードを走りまわっていた。メインステージは関東近郊の林道や河原に作られた手作りモトクロスコースなどだった。今となっては禁止されているエリアも多いが、当時は色々な意味で大らかな時代であった。

しかしマスメディアの仕事が本格化し、クルマへの興味が大きくなるに従い、いつの間にか泥だらけになって走り回ることもなくなった。そんなオフロードをまたバイクで走ろうと考えている。

再び海外ラリーの夢よもう一度、という訳ではない。アスファルトではない、不安定極まりない土や砂の上でバイクを走らせたいだけた。スピードやジャンプなどは二の次、三の次のリズムである。

その昔、10代の頃にそういうオッさんと丹沢の林道で知り合ったことがある。私の何倍もの値段の逆輸入オフロードバイクに乗りながら、のんびりと走り回っていた。ひと走りした後に、河原で岩清水を沸かして煎れたコーヒーを飲ませてくれた記憶がある。

汗だくになって走り回るしかオフロードの遊び方を知らない私には、山の中で煎れるコーヒーはとても新鮮であった。さらに、図々しくも戴いた彼の奥さんが作ったという卵サンドの味は、今でも覚えている。

彼の白髪混じりの笑顔を見ながら、オッさんたちはこういう風にバイクと関わるのかと初めて知った。

彼は転び過ぎてボロボロになった私のバイクを見ながら、流石にハタチくらいは元気だなあ、と何度も言った。その後にバイクショップなどで再会したりして、何度かバイクで遊んで貰ったりもした。親ほども歳の離れたバイク友達の名前は失念しているが、人生で初めて知った大人のバイク乗りだった。

会う度にいつも彼は私に「速くても偉くないんだから、あまり飛ばすなよ」と言っていた。

光陰矢の如しと、あっという間に自分が彼の立場になってしまった今。時代は変わり、若者がオフロードバイクで遊び回るような光景を見ることは減ったが、年下のバイク乗りから色々と質問されることもたまにある。そんなとき、立場が逆転して初めて分かることがあると知った。

バイクは速いやつが一番偉いと今でも少し思っているような私だが、それだけじゃ30年以上も続けているバイクとの関わりを伝え切れないと、最近思う。

バイクが速いことは理屈なしにカッコ良く、尊敬されるべきだと思うが、それだけじゃ不完全だ。それも必要なことの一つなのは確かだが、スピードはバイクに乗り続ける意味の一部でしかない。

バイクにとってスピードとは何だろう。私は物事に悩んだときは、必ず自分におけるその事象の原体験を振り返る。

初めて原付のアクセルを開けたときの記憶は今でも鮮明だ。かなりボロボロな1台で、おそらく2馬力も出ているかどうかだろう。だが、その加速のなかで目の前の風景は歪み色彩さえも変化した。

「これは完璧な自由だ!」 

そんな言葉が私のなかに自然に生まれた。まさに孫悟空が手に入れた筋斗雲。バイクさえあれば、まだ半分子供である自分でも、世の中に縛られることはないだろうと。

もちろんそんなことは大きな思い違いで、バイクなんかで世の中を突破できないとすぐに知ることになる。だがたった2馬力で知った感動は忘れられるはずもなく、今でもその幻影を追いかけているのだろう。

オフロードバイクに浮気することで新しい何かを見つけられるかは分からない。オフロードは体力を求められるゆえに、ただ単に己の老いを知るだけの結果に終わるかもしれない。

だが、30年前から果てしなく続く二輪との「愛憎劇」に、新しいシーズンが幕開くという確信はある。労力も金もかかるが、それでも確かめないと気が済まないモノが、オフロードには見え隠れしている。

別に今更三連ジャンプをするつもりもないし、ドリフトを追求する気合もない。ただ単に山に分け入り、インスタントラーメンを作るだけかもしれない。だがそういうバイクとの時間が今の自分に必要だということには確信がある。

いつまでアクセルを開け続ければ、私はあの2馬力の幻影の向こう側に突き抜けられるのだろう。

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text:大鶴義丹/Gitan Ohtsuru
1968年生まれ。俳優・監督・作家。知る人ぞ知る“熱き”バイク乗りである。
本人によるブログ「不思議の毎日」はameblo.jp/gitan1968
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