里見八犬伝を巡る

数奇な運命が物語の扉を開く

アヘッド 里見八犬伝
アヘッド 里見八犬伝

館山城のある城山公園は、戦国大名、里見氏の居城跡。実際にここに住んだのは天正18年(1590年)からの約25年間だった。

写真一番下が、滝沢馬琴オリジナルの『南総里見八犬伝』
庶民に分かりやすくと、錦絵や歌舞伎などにアレンジされ、ますます人気が高まった。
(3点とも館山市立博物館所蔵)

地を這うようにたなびく雲の合間に、山々と里の町が顔をのぞかせる。目の前には東京湾から続く浦賀水道が広がっているはずなのだが、陸も海も空も溶け合って、その境目は定かではない。

扉写真でも使われたこの幻想的な光景は、『南総里見八犬伝』の始まりと終焉の地としても知られる富山(とみさん。『八犬伝』中では「とやま」)からの眺めだ。

安房の国、今の南房総でも屈指の高さを誇る名山なのだが、標高はわずかに350メートル。かろうじて東京タワーより高いとはいえ、山頂間際までクルマで行けてしまう程の小さな山だ。

アヘッド 里見八犬伝

だが、いざクルマから降り立ってみると、不思議な荘厳さに包まれる。観光地というより、巡礼地というほうが似つかわしいほどだ。飾り気もなく、だがどこかに力を秘めている。『八犬伝』自体はフィクションの物語だけれども、山中に点在するお堂やお社、御神木などを見るにつけ、この山そのものがひとつの霊場なのだと気づかされる。

作中のように、伏姫と愛犬八房が身を隠した深山幽谷というほどの秘境ではないけれど、やはり神仙にほど近い地であることを感じさせるのだ。訪れたこの日はたまたま悪天候に見舞われたが、それが逆に先ほどの幻想的な風景を生み出すことになった。

早朝からのロケでずっと降り続く雨。こりゃあ失敗だったかなと思った矢先に出会ったのが、スカイツリーの半分ちょっとという高さとは思えない雲海のパノラマだった。

失敗とか成功とかの物差しで測っていたのがそもそもの間違いだった。この道行きは八犬伝ゆかりの地との出会いを求めてのものだったはず。出会いに合否をつけるなんて、いつから俺はそんなに偉くなったんだ。
 
悪天候なんてしょせん人間の都合で決めること。天気に善悪があるでなし。と、この山に隠れ住む仙人にからかわれた気がする。

曲亭馬琴(滝沢馬琴)が晩年に至る28年の歳月を費やして完成させた大作『南総里見八犬伝』は江戸時代の文化11年(1814年)、ほぼ200年もの昔に刊行が始まった伝奇文学の古典だ。名前こそ誰もが知っているが、現代語訳でも実際に読んだ人はそう多くないかもしれない。

にも関わらず、伏姫や神犬八房、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌、八つの宝珠で結ばれた八犬士、などのモチーフが広く知られているのは、形を変え品を変え、今もこの長大・壮大な物語を下敷きにした二次創作、三次創作が作られ続けているからだ。

里見家当主・里見義実の娘である伏姫は、毒婦・玉梓の呪いによって、愛犬・八房と共に富山に籠ることになる。数年の後、伏姫と八房は命を落とすことになるのだが、そのとき、伏姫の首に掛かる数珠から仁義礼智忠信孝悌の字が浮かび上がる八つの大玉が飛散し、やがてそれぞれの玉を手にした若者たちが八犬士として世に現われる。数奇な運命に導かれ、苦難の末に八人の犬士たちは一堂に会し、里見家の危機に立ち向かう。

全98巻、106冊という日本文学史上でも類を見ない大作だが、一冊一冊は連続ドラマ1回程度の長さ、というより、少年ジャンプのマンガ1回くらいの長さか? いいところで以下次号! と読み出したら止まらないヒキの強さもマンガライクだ。

今回の取材で、館山市立博物館のご厚意により、江戸時代の当時、実際に発行されていた冊子の現物を目にする機会を得たのだが、写真にもある通り、見開きの上半分を占めるような挿絵が随所に入れられ、絵物語的に楽しめるという、マンガのご先祖様ともいえるような作りに驚かされた。

これも博物館に展示されていたのだが、なにせ馬琴自らが挿絵のラフスケッチを描いているくらいなのだ。なるほど、少年ジャンプの三大原則《友情・努力・勝利》は確かに『八犬伝』にもそのまま当てはまる。こんなところにも『八犬伝』が今も読者を捉える理由がありそうだ。

多くのテーマを内包したこの物語は、角度や切り口を変え、様々な読み方ができるだけのポテンシャルを秘めている。だが何より僕たちを夢中にさせるのは、案外単純なところで、そこに本当の出会い、本当の絆が描かれているからだ、と僕は思う。

この長い長い物語の大半を占める、またもっとも熱の入った部分は、本来他人同士であるはずの八犬士が出会い、苦難の中で互いを認め合う旅路だ。八犬士たちが肌身離さず携える宝珠、そこに浮かぶ仁義礼智忠信孝悌=仁義八行の文字は、儒教の教えを基に、人が持つべき美徳を表わしたものだが、それを念頭に置かずとも、彼らの行動そのものが人が分かり合うことの難しさと、だからこそ輝く強さ、美しさを体現する。
 
例えば前半部屈指の見せ場として有名な《芳流閣の決闘》。「孝」の玉を持つ犬士・犬塚信乃は、亡父から託された宝刀・村雨を献上するため、祖父の代に仕えていた公方足利家に謁見する。

だが、この名剣がすり替えられていたことから逆に賊として追われることに。物見櫓・芳流閣の屋根に追い詰められた信乃を捕えるべく送られたのは、「信」の玉を持つ犬飼現八。2人は高層の屋根の上で死闘を繰り広げ、ついには組み合いながら利根川へと転落……。

次ページ本当の出会いを求めた旅…

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