おしゃべりなクルマたち vol.72 神様のお導き

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すでにご存知の読者もおられるだろうが、このコラムの担当編集者、若林葉子さんが、次回のダカールラリーにナビゲーターとして参戦することになった。久しぶりに聞いたビッグニュース。このラリーは創設者がフランス人だったこともあり、当地ではものすごくポピュラーでプレステージの高いモータースポーツ。それもあって我が家では彼女のことを知らぬ息子まで「スゲえ、スゲえ」を連発して興奮し、日の丸を持って見送りに行った方がいいのではないか、そんな話まで出ている。

text:松本葉  イラスト : 武政諒 [aheadアーカイブス vol.141 2014年8月号]
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vol.72 神様のお導き

vol.72 神様のお導き

参戦を聞いたのは公式発表の少し前のことだった。「タイヘンなことを引き受けてしまった」、そんなメールが本人から届いた。彼女はモンゴルラリーではすでにクラス優勝を果たしている。そういう意味では今回、ナビゲーターに誘われたのはこれまでの成果が認められてのこと、ラリーの階段を一段ずつ上がっていったら、次のステップはダカールラリーだった。

「ほほお、神様はここに導くつもりでおられたのか」、これが私の感想だが、本人はこんな展開になるとは想像だにしなかったようで、目の前に現れるステップをクリアすることに全神経を集中させていたら、突如、大物が現れて仰天した、そんな様子が可笑しかった。

彼女はラリーやクルマが好きでこの世界に入ったわけではない。ほとんど偶然のようにして足を踏み入れた。気づいたら回りはエンスーとプロ(の男)だらけで焦った、そんな話を聞いた覚えがある。彼女は走るクルマの中でも編み物が出来るそうだから、もともとナビの資質に恵まれているのだろう。それでも、だから最初からナビを目指したというわけではないと思う。

彼女は想いも寄らぬ仕事について、自分の居場所を探した。それがラリーだった。ラリーを通して仕事を好きになろうと思ったのではないか。私はここに感動する。男は好きなことには爆進するが、興味のないことには無頓着だ。奥さんが洋裁が好きでも、だったら俺もいっぺんミシン、踏んでみようかと考える男を私は知らない。女は初めての世界に柔軟で、興味のないことにも興味を見出そうとする。こういうしなやかさが彼女の中に見える。

彼女に参戦を聞いて最初に浮かんだのは、当地で知り合った戦争難民が聞かせてくれた話だった。彼は故郷を出るときかき集めた持ち物を、生死をかけた長い旅をするうち、ほとんどなくしたそうだ。「親の写真もどっか行っちゃったんですよ」 それでも、これだけは無くしたくなかった、こう言って彼が見せてくれたのはセナの写真だった。

といっても彼はセナのファンでもモータースポーツが好きというわけでもない。それどころかレースなど見たこともない。「最新マシンで走る世界がこの世に在ることが自分に勇気を与えてくれるのだ」、彼はこう言った。私はラリーのことを何も知らない。どれくらい難しいことをするのか、想像もつかない。

それでも、青年の言葉を借りるなら、自分の知らぬ世界に身内のように思う知り合いが出掛けていくことに私は勇気をもらう。だから今回の出来事が嬉しくてたまらない。

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text : 松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。
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