おしゃべりなクルマたち Vol.84 さらば『トップギア』

Vol.84 さらば『トップギア』

アヘッド おしゃべりなクルマたち

「あなただって『カーダシアンのなんちゃら』と『トップギア』を必死で見ているではないか。なぜ85歳のスカイブルーに驚くのだ。彼の方がよほど健全だ」

『カーダシアンのなんちゃら』は『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』を指し、『トップギア』は言わずもがな、BBCが制作する自動車情報番組のこと。いずれも当地で爆発的な人気を誇るテレビ番組で、私が、それこそ必死で見ているプログラムだ。

といっても、口にするのも恥ずかしいのだろう、愚息が『なんちゃら』と表現したカーダシアンの方は怒るために見ているようなもので、「なんでこんなくだらない番組が成立するんだ」といつも文句を言いながら見ている。

なんで成立するんだって、アタシみたいに欠かさず見る人間がいるから成立するのだろう。一方、誰にでもお薦めしたい番組、『トップギア』を見るときはフランス語への吹き替えが邪魔で、アクセントの強いクラークソンの英語がわかるわけでもないのに、彼の声が聞きたいがためにテレビの前に座り込み、スピーカーに耳をくっつける。

愚息が年甲斐もなくと言ったのは私の、この姿を指しているのだと思う。ごもっとも。ちなみにクラークソンとはおそらく世界一有名な自動車ジャーナリスト、ジェレミー・クラークソンのことで、番組のメイン司会者。彼が参入したことで『トップギア』の人気に火がついた。

人気の秘密は歯に衣を着せぬクリテイックと見事な映像、そして企画の奔放さといわれるが、私は肯定否定に関わらず「なんでこんなクルマを作ったんだ」というクラークソンの目線が面白くてそれで見ている。

ハリウッド映画を“こんなこと、起きるわけない”と批判する、私は夢も想像力もない人間だが、作り物でしか成立しないこの番組の企画にはひっくり返るほど笑い、感心し、次に何が起きるのかとハラハラする。

勝てば官軍のごとく、売れるモノを良しとする風潮の強い今の時代にあって、自分の評価だけでバッサバッサと斬りつけるクラークソンのスタイルは気持ちがいいが、彼の本を読むとバッサバッサの基にはそれこそ深い知識と幅広い教養があって、ローマは一日にして成らずを見せ付けられる思いだ。

クラークソンが『トップギア』から去ると報道されたのは夏前のこと。プロデューサーを冷たい食事が原因で殴ったとか、彼の過激な発言がもとでとか、噂はいろいろあるようだが、『トップギア』とさよなら、これだけは確からしい。

「ショックで何もやる気がおこらない」、愚息に嘆くと慰められた。「スカイブルーのツインゴでも買って元気だせよ」 いやはや。これはもう少し先まで取っておくことにしよう。

----------------------------------------
text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

アヘッド ロゴ

関連キーワード

この記事をシェアする

関連する記事

最新記事

     
アヘッド Car & Motorcycle Magagine ahead archives