おしゃべりなクルマたち Vol.85 真夏のラプソディー

Vol.85 真夏のラプソディー

アヘッド おしゃべりなクルマたち

ちっぽけな常識人である私は高価な品はいくら上質でも値段が頭から離れず、使わないと無駄をしたようで落ち着かず、使うと身の丈に合っていないようでもっと落ち着かないのである。

娘に譲ればいいと考えた時期もあったが、親の形見は"重い"ことを母が亡くなって実感した。自分の趣味にあわないことも。

今、欲しいのはすべて迷わず買える範囲のモノ。プライスのみならず、私の生活に活躍の場を見出せるような類ばかり。すべてウェルカム、使い切ってバイバーイ。自分の持ち物に箪笥の肥やしはない、こう自負していたわけだが、今になって使いこなす自信がないのに、欲しくてたまらないモノが出来た。バイクである。

今年の夏、当地は130年ぶりの暑さだった。日中35度を越える日が続き、外に出るとまるで暖房の吹き出し口の前に立っているよう。それでいつもの夏より頻繁に海に通い、クールダウンをはかったが、歩いて戻るとまた汗だらけになった。こんなことは初めて。

それでもクルマで海に行く気にはなれない。近過ぎるし、何より駐める場所がない。駐める場所を見つけても海に浸かる間に車内温度が上昇する。自転車もダメだ。海に行く道は坂道だから。それで思いついたのだ。バイクで行く手があるではないか!

狙いはホンダ・ダックス。家のそばの海に行くとか、近所の友達の家に寄るとか、そういう、徒歩でも行ける範囲で“転がす ”使い方が当地で流行っているバイクで、コピー品も多く出回っている。四輪のオルタナティヴというより2台目のバイク、そんな感じだろうか。

ベスパにも大いに心惹かれるが、傷をつけたとか、磨いておけとか、そういう乗り方はするなとか、ダンナがごちゃごちゃ言うであろうと思うと気持ちが怯む。代わってダックスにこの心配はない。なぜって身長185センチのダンナがダックスに乗ったら足を二つ折りにせねばならぬ。

実際、彼は言ったものだった。「ぜんぜんスタイリッシュじゃない」そこがいいのだ。私はバイクに乗るとカーブで反対側に体を倒すそうで、「キミは一生、二輪には乗らないでくれ」、かつて勤めた自動車雑誌の編集長に懇願された人間だ。

ダンナがホンダCBRを買ったときはハンドルだけでも握ってみたいとシートに上がったが、握る前に転げ落ちた。しかし、あの低重心のダックスなら—、希望が持てる。

それでも正直なところ、使いこなせるかどうか、わからない。わかっているのは、我が人生、決め事にも一生ものはないらしいってことだけだ。生涯、二輪とは無縁、こう決めていたのに。まったくもって猛暑にやられた。

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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