おしゃべりなクルマたち Vol.87 我が家のオートバイシンドローム

Vol.87 我が家のオートバイシンドローム

アヘッド おしゃべりなクルマたち

なにより思い出せないのは、ダックスが欲しくてたまらなかったこと。今年の夏はあまりの暑さにバイクに乗りたいと騒いだが、秋の訪れと共に熱が引いた。しかし、引いた私の熱とは反対に、我が家には今、バイクに熱を上げる人間がふたり、出没している。

ダンナが突然、封じ込めたセーシュンの壺の蓋を開くが如く、ホンダCBR600RRを買った話を、このコラムにも記したが、あれから3年、彼が再びバイク屋に通っていることを、娘の通報で最近、知った。

彼女と出掛けたときにバイク屋を見つけると“吸い寄せられる”がごとく中に入っていくのだという。ちなみにシシーナと名付けられたCBRは、ガレージの肥やしになるであろうという、購入当初の私の懸念よりはマシ、程度に使われていて、夏の間は結構、乗っている様子だった。

といってもせいぜい近所の散歩か、自宅から5キロほどの、ママチャリでも通える職場に行く程度。それでも“大切にしている”ことは間違いない。いつだったかスポーツカーに乗りたいと呟く彼に「だったらバイク、売ればいいじゃない」と言って白目を剥かれた。

「シシーナは絶対、手放さない」、ダンナは言ったものだった。だったら、なぜバイク屋に通う。

家の中のモノは綿棒の数まで掴んでいないと落ち着かないが、家族が考えることは出来ることなら知りたくない 。夫は妻が反対することしか考えず、逆もまた然り。子供が思うことは親が心配することばかり。

いちいち気にしていては身が持たない。それで実が熟したときに共有すれば、いや、反対すればよいと思っていたら、果たして実は熟したようだった。「ヤマハのMT09,買おうかと思って」、ある晩、ダンナがこう言った。ぎゃーっ。心の叫び。

こういう、私にとっては突飛な決断を聞いたときは我が家のバランスメーカー、息子に仲介を頼むのが一番だ。彼を呼んで事情を話すとバランスメーカーがこう言った。「いやあ、奇遇だなあ。ボクもホンダの'70年代のビンテージ、探してんだよ。カフェレーサー・タイプのバイク」。ぎゃーっ。

その後、ふたりの会話に私が口を挟む余地はなかった。ついぞ言ったのは「あなたにはシシーナがあって」、「キミには熱愛中のポロがあるでしょう」、これだけ。本当はダンナには「どうせ乗らないくせに」、息子には「クルマですら心配なのに」と言いたかったが、さすがに控えた。

火に油を注ぐわけにはいかない。しかし、私はこの二言で充分、注いだようでコテンパンに反撃を受けた。「暑さが引いたらバイクは要らないという人間に僕らの気持ちはわからない」、だとさ。私と彼らの、いや、私とバイクとの距離は広がるばかりだ。

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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