埋もれちゃいけない名車たち vol.43 アヴァンギャルドの塊「シトロエン SM」

アヘッド シトロエン SM

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〝芸術〟というのはあくまでも感性主体のものであるからして、良し悪しで語ることなんてできないだろう、と思う。あくまでも見たり触れたりする側の感覚に委ねられるものであり、語るのであれば好き嫌いがベースになって然りだ、と。

text:嶋田智之 [aheadアーカイブス vol.159 2016年2月号]
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vol.43 アヴァンギャルドの塊「シトロエン SM」

vol.43 アヴァンギャルドの塊「シトロエン SM」

けれど面白いもので、好きか嫌いかは横に置いて誰が見ても「芸術的だ」と感じるものというのも存在していて、クルマのスタイリングデザインでいうなら、例えば1960年代のイタリアン・スポーツカーの多くがその範疇に入るかも知れない。パッと見た瞬間に「美しい……」と感じてしまうインパクトがそうさせるのだろう。

そしてもうひとつは、フランスのいわゆるアヴァンギャルド(=前衛芸術)なクルマ達、だろう。何せパッと見たときのインパクトは負けないくらい強烈ながら、それは素直に「美しい……」という言葉に変換される類のものではなく、どちらかといえば「こっ……これは……」と言葉に詰まり、それなのに視線を引き剥がすことのできない不思議な吸引力と説得力を持っていたりするのだ。

御存知の方も多いことだろうが、アヴァンギャルドというのはフランス語で〝前衛部隊〟を示す言葉である。芸術の分野では第1次大戦後にヨーロッパで起こった革新運動に端を発していて、当時の抽象主義やシュールレアリズムなど、保守・王道から外れた独自の形態を持つ分野の作品のこと。転じて、現在では革新的なものを肯定しつつ表現するときの言葉として機能している。

そしてクルマの世界でアヴァンギャルドといえば、シトロエン。1948年に発表された2CV以来、驚くほどに個性的なクルマを多数生み出してきている自動車メーカーだ。

今ではひとつのブランドとして独立している〝DS〟の精神的ルーツである初代〝シトロエンDS〟は、1955年の発表時、宇宙船のような異次元的ルックスで人々に衝撃を与え、発表日当日に1万2000台のバックオーダーを抱えることになったという。前衛芸術とは、そうした得体の知れない衝動を覚えさせるようなものを指すのかも知れない。

そしてそのDSの前衛性をさらに研ぎ澄ませたのが、僕はこのSMなんだと思う。DSのボディ構造をベースにしてはいるが、その上に構築された2ドアクーペのスタイリングは、恐ろしく伸びやかであらゆる部分が〝フツー〟とは掛け離れていて、GTカーとしてはかなり独創的。タイヤがなければ空を飛ぶんじゃないか?と今も思えるほどに未来的だ。

こうしたクルマの宿命か、1970年からの5年で1万3000台が作られたにすぎないマイナーな存在だが、僕はこのクルマを眺めていたらいつまででも飲んでいられるな、と思う。芸術とは理屈じゃなく、心で感じることを楽しむものだから。

シトロエン SM

SMは1970年から1975年にかけてつくられた、シトロエンのフラッグシップ的な2ドアのグランツーリスモ。伸びやかで低いクーペボディはDSをベースにした車体に架装されていて、パワーユニットは当時提携関係にあったイタリアのマセラティに作らせたほぼ専用設計といえるV6エンジンだった。

当時は不可能とされていた前輪駆動で200km/hオーバーを目指した実験車的要素が強い、ともいわれている。DS譲りのハイドロ機構はもちろん、ステアリングに連動して左右を照らすドライビングランプが持たされるなど、機構的にも先進性と個性に満ち溢れていた。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。
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