おしゃべりなクルマたち Vol.92 神さまの手ぬかり

Vol.92 神さまの手ぬかり

アヘッド おしゃべりなクルマたち

彼女がこの免許をとって半年が経過した。通学路を毎日、張り切って運転していると言いたいところだが、実際は亀の歩み。

本免許取得試験の受験資格を得るためには、3,000キロを走行した段階で自動車学校に戻り、教官を横に、親を後ろに乗せて走りチェックを受けなければならないが、彼女の記録は3,000キロ手前で止まったまま。この距離も自己申告をいいことに私が上乗せして記入した。とうとう自動車学校から電話が掛かってきてしまった。

「そろそろチェックをお受けいただけないでしょうか」私がおそるおそる距離の数値にごまかしがあることを告げると、教官は言ったものだった。

「そんなことだろうと思ってました」私はどういう人間だと思われているのか。とにかく走りを見せていただきましょうということになって、親子で馳せ参じ、娘はクリオのステアリングを握ったわけだが。

これほど下手とは想像だにしなかった。私が同乗しているときもたびたび私の右足は空ブレーキを踏むが、それでもこれほどひどいとは思っていなかった。リアシートから観察してよくわかった。

彼女の運転にはリズムがない。他のクルマとの協調性がゼロ。ゼロよ、ゼロ。クラッチの繋ぎ方が雑でギアチェンジするたびに荒馬に跨るカーボーイよろしく娘、教官、母親三人の体がガクンガクンと車内で揺れる。加えてアクセル・ペダルと間違っているのではないかと疑うほど無闇にクラッチを切るからクルマがしょっちゅう滑るのである。

自動車学校を最短時間で卒業した息子は教官の名前を知らなかったが、最長滞在を果たした娘は教官とファースト・ネームで呼び合う仲、フェイスブックのお友達。

チェックが終わり、自動車学校に戻ると年上のお友達が言った。「どーすんだよ。こんなんじゃ、免許とれないじゃん」すると年下のお友達はこう答えた。「運転する能力、アタシ、持たないで生まれてきたんだと思う」

ウチの近くにテニスコートがあって、そこではスクールが開かれている。コーチがバケツにいれた黄色いボールをポンポンとネットの反対側の生徒に投げる姿を見かけるたび、私はいつも、神様はこうやって母親の胎内に子供を送りこんだのではないかと考える。

今、飛んだボールは勉強の出来る子、次は飽きっぽい子。運動好きの子、整理整頓が苦手な子、オンナ好きの男の子、男嫌いの女の子。子供の性格と能力は親からの遺伝と、環境や育て方で形成されるのでなくて、神様のボール投げの偶然の産物、私は飛んでいく黄色いテニス・ボールを見るたび、思うのである。

ウチに飛んできたボールに神様は、教官いうところの“誰もが持っている運転能力”を入れ忘れた。これぞ、オー・マイ・ゴッド! 私が探しに行きたいくらいだ。

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text : 松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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