おしゃべりなクルマたち Vol.93 愚息の秘密

Vol.93 愚息の秘密

アヘッド おしゃべりなクルマたち

二十歳の愚息は平日は大学の寮で暮らしている。我が家から150キロほど、クルマで行けば2時間で着くが、学生には分不相応。何よりフランスの大学は入り口は広いが出口が狭い。

勉強しなければ進級できず、コンパもなければクラブもない。イッキ飲みにも学期中のバイトにも無縁。勉強の時間を確保するために本人自ら寮暮らしを選択した。が、反動はある。週末には友達のいる地元に、帰りたくてたまらないのである。

今年度は金曜日の夜、授業が終わってからポロで戻り、月曜日の朝、8時の授業に間に合うように家を出る。土曜の昼間はたいていガレージにいるが、夜はウチで夕食をすませるとクルマで出掛けて行く。何時に帰宅しているのか、わからない。翌朝、そっと彼の部屋をのぞいてベッドが膨らんでいるのを見ると、私は胸をなで下ろす。

愚息とはいろんな話をする。映画や音楽やクルマについて話すこともあれば、ダンナの愚痴を聞いてもらうこともあって、そういう時、彼は私の背中をポンポンと叩いて笑っている。

しかし愚息が自分の話をすることはない。いつも“俺のことはなにも聞いてくれるな”、そんなオーラを撒き散らしてウチの中を歩いている。付き合っている女の子がいるのかどうかもわからない。

いつだったが彼の友達がウチでごはんを食べている時、一緒にいた娘がこの友達の女遊びを暴露した。フェイスブックで知ったらしい。友達は焦りながら愚息を指差し、「こ奴のこと、知ってる?」と言ったのだが、こう言われた時の愚息の顔は忘れられない。見たこともない、ものすごく“嫌そう”な表情で、そこには私の知らない愚息がいた。

事故は強い雨降りの真夜中に起きた。要は滑ったのだと思う。軌道を修正、出来ないまま、高めの歩道に乗り上げたらしい。ナンバープレートが飛び、タイヤがパンクした。それを交換して、歪んだハンドルをゆっくり操作しながらハザードをつけて戻って来たという。

お前はヒトを殺していたかもしれないんだぞとダンナは怒鳴り散らし、スピードを出していたなと責め立てた。愚息は首を垂らし、体を小さく揺すったが、彼の体が動くたびに濡れたスニーカーの中でチャポチャポと音がした。

私が言うことが出来たのは、クルマが滑り出した瞬間のことを忘れるな、これだけ。事故を聞いたときは、足が震えて立っているのもままならないほどだった。

それにしても事故現場はウチから30キロ以上はなれた、聞いたこともない住宅街。彼の友達が住んでいるとは思えない。どうしてそんな場所に雨降る真夜中、愚息はいたのだろう。

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text : 松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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