おしゃべりなクルマたち vol.94 レインボースピリット

vol.94 レインボースピリット

アヘッド おしゃべりなクルマたち

私の親しい知り合いにも男同士のカップルがいる。イタリア人。平日は別々に暮らすが、週末はふたり揃って当地にある別荘で過ごす。この別荘が我が家の近くにあって、それで親しくなった。

イタリア議会で同性同士の婚姻を承認する法案が通過した最初の週末、彼らに「結婚するの?」と私は尋ねた。こういう質問をフツウにするまでに 4年かかった。

私は彼らがゲイのカップルであることは知り合った時から気づいていたが、それを言えずにいた。「あなたたち、ゲイでしょう。アタシ、偏見ないから」とはなかなか言えない。

最初に壁を打ち破ったのは、カップルの男っぽい方。彼がロンドンで撮った、ふたりが軽くキスする写真を見せてくれた。それで"氷解"した。だから、結婚する? みたいなことも自然に聞くことが出来たのである。

男っぽい方が女っぽい方の肩に手を掛けて、ちらりと彼女、いや彼を見遣った。ちなみに唯一、彼らと話していて困るのは時々、この女っぽい男性のことを“彼女”と呼びたくなること、という話はさておき、男っぽい方がこう言った。「俺たちは結婚はしない、細やかな抵抗として。平等に同じ権利を与えられるべきは、まずは障害者と子供だと思うから」

この日、私は遅くまで彼らと過ごし、深夜になってから、男と女、ヒトの性や、性がもたらす特質は何を持って決まるのか、こんな話をした。それは男っぽい方が女っぽい方の運転を「オンナのそれだ」と言ったことが始まりだった。

当地では男女ドライバーの数はほぼ均等、そういう状況のなかで観察すると上手い下手の問題ではなく、女の運転には社会性がないと彼は言うのである。

「女性はいつも規則や決まりごとを意識して、行っちゃえばいい、みたいな考え方をしない。でも、この“行っちゃえばいい”がスムーズな流れを作り出すと、俺は思うんだけど」

自己反省も含めて私も同感。女は日常の社会性は、たとえば仕事に追われるとオタオタする男より、ずっと高く、自己判断で優先順位を見極めちゃっちゃと片付け、おまけに髪の整え方に気を配る余裕があるのに、なぜか運転となるとセオリーに縛られ、行くか、行かぬかを察知する触覚を失う。

男っぽい方が女っぽい彼を指差し、こう言った。「このヒトもそう。躰は立派なオトコなのに」。さしもの私もこの発言には赤面してしまった。横で彼女、いや彼も赤い顔で俯いていたから、ますます困ってしまった。

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text:松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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