埋もれちゃいけない名車たち vol.48 三菱エンジニアの情熱モデル「三菱 GTO」

vol.48 三菱エンジニアの情熱モデル「三菱 GTO」

アヘッド 三菱 GTO

景気の泡がぷくぷくと膨らむに連れて、本当に利益が上がっていたのか、それとも時代のムードに引っ張られたのかは判然としないのだが、日本のほとんどのメーカーがさほど収益性に優れてるとはいえないクルマを生み出してくれたからだ。

スカイラインGT-R復活もそう、NSXもそう、ユーノス・ロードスターもそう、軽スポーツのABCで知られるAZ-1もビートもカプチーノも全部そう。あの時代でなければ世に出なかったかも知れない、たっぷり夢を見させてくれたスポーツカー達だ。

そんな中にあって、カタチは派手なのに今となっては存在感が薄めというか、黙殺されようとしてるというか、とにかく思い出しておくべき1台がある。三菱GTOである。

1990年当時としては大柄な車体に、グラマラスなボリューム感のあるシルエット。前年の東京モーターショーに参考出品されたプロトタイプのイメージほぼそのままでデビューしたGTOのスタイリングは、アメリカ風味ではあったもののなかなか魅力的に感じられたものだった。

パワーユニットは当時の馬力規制の上限だった280PSを発揮する、3リッターのV6ツインターボ。駆動はフルタイム4WD。さらには4輪操舵に可変減衰ダンパー付きのアクティブサスペンションといった、ハイテクも満載。

そうしたお品書きやデビュー時のキャッチコピーに〝スポーツ〟という言葉を使ってしまったせいか、パリンパリンのスポーツカーだという先入観を市場に与えてしまい、一部では「重い」「直線番長」と揶揄されたりもしたが、ぶっといトルクと腰の据わった安定感に支えられ、GTカーとしてはかなりレベルの高いクルマだった記憶がある。

スポーツカーとしての潜在的なポテンシャルも決して低くはなく、今ではスーパー耐久レースと名称を変えた当時のN1耐久レースのシリーズの最高峰クラスに参戦し、〝それ目的〟で開発されたスカイラインGT-Rと唯一真っ向勝負ができるマシンとして活躍を収めた。

何より重要なことは、当時の三菱のエンジニア達が、他社よりもコスト面その他の制約が大きかった中、持てる技術とコンポーネンツを磨きに磨き、情熱を注ぎ込んでマジメに作り上げたモデルだったこと。エンジニア達も夢を追っていたのだ。

近年、三菱のラインアップには心躍るクルマが見当たらない。まだまだ厳しい状況は続くだろう。だが、新たなるスタート、である。僕達に夢を与えてくれていた頃の三菱自動車に戻って欲しい。心からそう思う。

三菱 GTO

アヘッド 三菱 GTO

GTOは、1990年に発表された当時の三菱のフラッグシップ的存在といえるスポーツクーペ。スタリオンの後継としての位置づけだったことからも分かるように、スペシャルティカーの意味合いの強いGTカーとして企画された。

シャシーやパワーユニットは上級サルーンだったディアマンテのものをベースにチューンアップを加えたもので、当時の三菱が持っていたハイテク技術を満載、さらにGTカーらしく豪華な装備類を持たされていたこともあり、車重は1,730kgと結構な重量級だった。2000年に生産中止となったが、アメリカンな雰囲気のスタイリングは今も魅力的だ。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。

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