東京エスプリ倶楽部 vol.1 イチャリバチョーデー

アヘッド 東京エスプリ

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「この島にいると頭がおかしくなる」と泡盛の水割りを飲みながら、Kさんは頭をフリフリいった。この夏、石垣島のとある居酒屋でのこと。Kさんは東京の牛肉の老舗卸問屋の常務で、ここ最近、石垣牛の買い付けのために月イチで石垣島方面に通うようになった。

text:今尾直樹 [aheadアーカイブス vol.166 2016年9月号]
Chapter
vol.1 イチャリバチョーデー

vol.1 イチャリバチョーデー

「牧場の機材が何度もなくなるんで、早朝、軽トラックの荷台に乗ってブルーシートの隙間から、こう覗いて待っていた。そしたら、野郎、現れたんで、後を追いかけて警察に知らせたんです。後日、警察の人がこういうんです。『この人は借りに来ただけだ、といっている』。借りに来たって、黙って借りて行ったら泥棒でしょ。そしたら、『返す、といっているからいいじゃないか。あなたは島から犯罪者を出すつもりか』っていうんですよ」

マジですか。と笑う一方で、南の島はいいなぁ、と思う私だった。

「うちの牧場の土地に掘建小屋を建てたヤツがいたんで、出てってもらおうと思って役所に行ったんです。そしたら、『敷地は空いているんだし、せっかくつくったんだ。金もない。出て行ってもらいたかったら、そのための費用をあげたらどうか』っていうんですよ」

酒の席なので爆笑である。Kさんもネタとして語っている。島のそんなユルさに惚れ込んでいる感じ。信じられないぐらい弱者に優しい行政ではないか。

「イチャリバチョーデー」という言葉が沖縄にはある、と沖縄の人から別の機会に聞いていた。イカリヤチョースケではない。8時だよ、全員集合!しなくていいです。

名古屋文化圏だと、「自転車ちょうだい」の意と間違えられるかもしれない。その場合は、チャリ(自転車)にイという男性名詞複数の定冠詞が付いていることになりますが、ウチナンチューの方はご存知のようにイチャリバチョーデーは「行き会えば、兄弟」という意味である。K氏の話の続きに戻る。

「黒島という島があって、そこは『牛の島』という別名があるぐらい、牛ばっかりの島です。人口は200人ちょっとで、牛が3000頭いる。信号もなくて警察もない。ただ、警察は1年に1回、交通指導に行く。普通は抜き打ちで行くでしょ。違うんです。前日に放送する。スピーカーで、『明日、交通指導が行われます』って。そうすると島の人たちはその日はクルマに乗らない。なんでかというと、車検とってないから」

法治国家の現代ニッポンの一部のはずなのに……さすが離島だ。

翌日、黒島に行った。石垣港離島ターミナルから出た高速定期船が真っ青な大海原を叩くようにして進むと、35分でコンクリートの桟橋が突き出た黒島港に到着。

田舎の駅舎みたいな建物がポツンと 立っていて、駐車場にはサビだらけのクルマが 20台ほど並んでいる。なかにはホンモノの放置車両もあるかもしれない。それぐらいボロが混じっている。フロントガラスに貼られている四角いシールのざっと半分は28より数字が若い。

それでもクルマは走る。イチャリバチョーデー。いいなぁ沖縄。

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text : 今尾直樹/Naoki Imao
1960年生まれ。雑誌『NAVI』『ENGINE』を経て、現在はフリーランスのエディター、自動車ジャーナリストとして活動。現在の愛車は60万円で購入した2002年式ルーテシアR.S.。
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