おしゃべりなクルマたち Vol.99 頂点の手前で止まるフランス人

Vol.99 頂点の手前で止まるフランス人

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ダチアはルノー・グループに属するルーマニアの自動車メーカー、この国では“ルノー・ダチア”として認識されている。ダチア車の特徴はひとつ。プチ・プラ。安価だが備品満載、目に見えるお得感に溢れており、この国では2005年から販売されるようになって火がついた。

人気はローガンから始まった。僭越ながら3ボックスのスタイリングは、地図すら描けぬ私でもデザインすることが出来るのではないかと錯覚するようなシンプルなもの。“自動車の冷蔵庫化”と一部では批判されたが、一方で、“クルマはこれでいい”という世論も強く、これが販売に繋がった。

ローガンは売れたが、ダチアはそこに留まらなかった。世間の風をがっちり掴んでバリエーションを増やし、ただいまサンデロ・ステップウエイが大ヒット中。サンデロはルーテシアをベースとした小型ハッチバックだが、これをクロスオーバーふうSUVに仕立てたのがステップウエイである。

このクルマはルノー・キャプチャーやチンクエチェントXが欲しいけど、「ちょっとね」、そういうヒトの受け皿となった。ちなみに「ちょっとね」の前に置かれるのは価格だけではない。「ちょっとね」は全般にわたる。ここがたいへんこの国らしい。

フランス人はモノに関して頂点の手前で踏みとどまれる人々だ。コレが最高、だから欲しいけど、「ちょっとね」。

前述の通り、ちょっとねの前につくのは値段ばかりではなく、たとえば頂点にいるというポジションであり、そこまでのものを持つ必要はないというブレーキ。

私がいつも不思議に思うのは、たとえばクルマ好きの若者が愛車をチューンするとき、スタイリッシュなホイールにレプリカを選ぶこと。エンスーを自認するなら、なぜ突き詰めぬ。彼らは“そこまでいかなくても”という地点で止まれるのである。アタシはだめだな、やるならとことん。

これに同意してくれるのはイタリア人だと思う。彼らは“やるか”“やらないか”だが、フランス人は“やる”と“やらない”の間で妥協することが出来るのだ。実際、イタリアでベスパのコピー・バイクはまず見ないが、当地では中国産のそれが引っ張りだこ。

「新車のダチアを買うくらいなら、私は同じ値段で楽しい中古車を探す」、先日もフランス人の前でこう宣言したばかり。

が、予想通り、「あなたは潔い」と褒めてくれるヒトはいなかった。それどころかこう言われた。「ダチア車を自動車のヒエラルキーの中で見てはいけない。自分自身の目を使って見れば違うものが見える」  反ダチア派だったが、こう言われて足元が揺らいだ。

抽象的なことを言って他人の、いや、アタシの決意に揺さぶりを掛けるのがフランス人だ。彼らに翻弄されて16年、この記録は現在もめきめき更新中。

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text : 松本 葉/Yo Matsumoto
自動車雑誌『NAVI』の編集者、カーグラフィックTVのキャスターを経て1990年、トリノに渡り、その後2000年より南仏在住。自動車雑誌を中心に執筆を続ける。著書に『愛しのティーナ』(新潮社)、『踊るイタリア語 喋るイタリア人』(NHK出版)、『どこにいたってフツウの生活』(二玄社)ほか、『フェラーリエンサイクロペディア』(二玄社)など翻訳を行う。

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