年女4回目にして二輪免許を取得した理由

年女4回目にして二輪免許を取得した理由

アヘッド 岡小百合

猛暑の夏。高気圧が生み出した、ジリジリと焼け付くような陽射しが、絶え間なく体中に突き刺さる。すべてが歪みそうなほどの温度に上昇した空気が、熱風となって体中をなで続けている。汗がしたたり落ち、背中を這い続ける。日常生活では、不快につながる感覚。

それがすべて、当たり前のように受け入れられる。むしろ、素晴らしいとすら感じられる。どうしてだろう、とめぐる思索を押しとどめるかのように、民家の庭先にしつらえられた、小さな家庭菜園が目に入った。

たわわに実ったトマト。青々としげったキュウリの葉っぱ。大きく実ったトウモロコシは、頭の先で金色の穂を揺らしている。昼食の準備をしているのだろうか、その奥から、チキンスープのいい匂いがふんわりと漂ってきた。

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ふと、子どもの頃の夏休みを思い出した。大した特徴もない近所の公園へ行く道にすら、毎日発見があり、日々時々がいつも冒険だった。昨日までつぼみだったつゆ草が、真っ青な花を咲かせた朝、それだけで一日中、幸せな気持ちになった日もあったっけ。

ずいぶんと思い出せずにいた記憶がフラッシュバックして、私はどこまでも柔らかく、優しい気持ちになっていた。最新鋭の装備を誇るかのように、近未来的かつ戦闘的な姿形をした、排気量1200㏄もあるオートバイに乗りながら。

否、タンデムで後ろのシートに乗せてもらいながら、が正しかった。免許もないのに「行きたい!」と騒ぎ立てる私に根負けして、友人たちがツーリングに誘ってくれたのだ。中年、熟年の声を聞く頃から、再びオートバイに乗り始める、いわゆるリターンライダー。その増加は、情報誌の特集記事に取り上げられるほど、ちょっとした社会現象とみなされている。

中年真っ只中の私の周りにも、そんな社会現象は確実に起っていて、そうした友人たちのおかげで、人生初のツーリングが叶ったのは、去年の夏のことだった。

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衝撃的だった。ドアも天井も床すらもないバイクでの移動は、熱も、光も、空気も、匂いも、道の凹凸も、周囲の風景も、何もかもがダイレクトに生身に落ちてくる。今、ここに在る。それがすべてのような気持ちに返って行く。何かを考えることよりも、絶え間なく続く「今」という瞬間を感じ続けることにのみ、意識が向いていく。

だからなのか、身体という器を破って、精神がどこまでも開いていく心地よさもあるのだ。それは動物的で、原始的で、昭和っぽくもあって。母の胎内にでも戻ったような、懐かしい気持ちすら憶えたのだった。疾走感。開放感。壮快感。もちろん、それもバイクの魅力に違いない。けれど、それだけがバイクの醍醐味ではない、と知ったことの方が、私のバイク熱を覚醒させた気がする。

「そうだ、二輪の免許を取ろう!」 実はその気持ちも、思い出せずにいたことのひとつだった。二輪免許皆伝の16歳の頃から、バイクの存在は私の心のどこかしらに、ひっかかり続けていた。そしてこれまでに2度、二輪免許取得を考える機会もあったのだった。

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最初は16歳の時。きっかけはバイク好きとしても知られるタレントのマッチこと、近藤真彦だ。憧れのマッチに近づきたいあまり、バイクのカタログ本を買っては読み、そうするうちに自分も乗りたいと思うようになったのだった。が、その夢は親の猛反対で木っ端みじんに砕かれた。

それからわずか2年で、自動車免許皆伝の歳を迎え、バイクのことを思い出すことは少なくなった。時は'80年代中盤。バブルの好景気にわく時代の華やかさを、クルマはいっそう艶やかに彩るアイテムのひとつだった。

その波に乗ったのか、乗せられたんだか、女子大生になった私は、「ポルシェより速い」と噂だったマツダRXー7のハンドルを握るようになっていた。猛烈な加速感やスタイリッシュなデザインに魅せられたことで、クルマ好きへと偏っていった結果、クルマ雑誌の編集部に職を得て、ますますバイクからは遠のいた。

積載できる荷物はほんのちょっと。一緒に乗れる人数はマックス2人。バイクはそういう乗り物だから、特に家族を持つ身にとって日常の足にはなり得ない。子どもを持ち、子育てに勤しむ生活が始まると、もうバイクなんてものはこの世にないことになっていた。私の中では。

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MVアグスタF4
「Motorcycle Art」を掲げるMVアグスタの代表的モデル。F4は走る宝石と呼ばれ1号車はスペイン国王に納車された。

そうして忘却の彼方にいたバイク熱が、2度目にやってきたのは、30代半ばのこと。復活かなったイタリアの名門ブランド、MVアグスタが放ったバイク、F4の美しさに、心奪われてのことだった。

精悍にして挑戦的なフォルムは、雑誌のページの中で眺めるだけで、ドキドキと高揚した気持ちを味わわせてくれた。と思いこんできたのだけれど、本当に気持ちを高ぶらせたのは、F4そのものじゃないのかもしれないと、今は思っている。

子どもたちが成長すると共に、子育てに費やす時間も労力も減り、つまりはもう一度、自分自身に使える時間が生れてくる。F4の登場は、私自身の人生の、そんなステージの変化と重なっていたのだ。

けれどその時も、二輪免許取得には至らなかった。バイクへの関心から連動するようにして、自転車の方へと興味がうつったからだった。だから50歳手前でやってきた今回のバイク熱は、3度目の正直だった、ということになる。

この春に下の娘が大学への入学を果たし、私の子育ては文字通りのひと段落を迎えた。「バイクの免許とりたいなら、早くした方がいいぞ。年齢制限がある教習所、増えてるみたいだから」 45歳で大型二輪免許を取得した、リターンライダーの友人の言葉にも気持ちがはやった。かくして30年ぶりに、私は教習所の門をくぐったのだった。

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しかし、入所のエネルギーになった希望と情熱は、初日から無残にも打ち砕かれることになる。知らなかったのだ。バイクの教習車には補助ブレーキがないことを。最初の教習からひとりっきりで走らせなくっちゃならないことも。身体のバランスを崩せば、転倒することも。転倒したバイクが、あんなに重いということも。

マウンテンバイクの草レース経験や、自分のクルマが25年間ずうっとマニュアル車であることが、何の役にも立たないということも。要するに、バイクに乗るのがあれほど大変だということを、私はまったく知らなかった。

そしてこれも知らなかったのだ。自分が確実に歳を重ねていた、ということを。反射神経、バランス感覚、腕力、体力、視力…。そういうもろもろを含む、身体能力全般が、以前よりは鈍っていることを実感させられた。あと10年早く挑戦していれば良かった。一本橋で落ち、クランクで転倒し、筋肉痛に襲われるたび、心の中でそうつぶやいた。年齢制限を設けている教習所の存在が、腑に落ちた。

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やっとの思いで二輪普通免許を手にしたのは、今年の7月下旬。絶好のバイクシーズンを超え、梅雨も終わり、東京の最高気温が36度を記録した日のことだった。教習所で過ごすこと、2ヵ月半。その間に、50回ほどバイクを倒し、30回ぐらい心を折られ、20回はもう諦めようと考え、そして10ヵ所に青アザができ、4回も卒検に落ちた。

だから「バイクに乗ってみようかな」と思いついた中高年の皆さまに、免許取得をお勧めすることなど私にはできない。その一方で、私自身は、チャレンジして良かったと思っている。心の底から。

8月、友人たちとでかけた北海道旅行で、ツーリングへと繰り出した。レンタルしたヤマハ・セローにまたがって、屈斜路湖から知床まで。それが私の公道デビューとなった。バタバタと風を真正面から受けながら、雄大な北の大地を走った。

「タンクをしっかりと膝頭で挟み込み、上半身は柔らかく、目線を先へ先へと送ってやる」 教官の顔と声が頭に浮かんだ。開放感を求めるなら、オープンカーのほうが100万倍上だ。あらためて思った。シート、ハンドルグリップ、足を置くステップの位置によって、バイクのライディング姿勢は自ずと制限される。

バランスを維持するため、そして生身の身体で乗ることから、常に緊張感を強いられもする。天候に左右されるし、音楽を聴きながらの移動も無理だし、ぶっちゃけ大したオシャレもできない。というか、カッコつけてなどいられない。にも関わらず、心は豊かに満たされ、そして溢れ出していく。

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トンネルを抜けると、左手に群青色の海が広がった。海風に吹かれ、両手にギュっと力を込めた。瞬間、飛べそうな気がした。海、空、風、大地、そういうすべてとつながっている実感があった。自分が地球の一部であることを、どうしようもなく受け入れた。生きている、と強烈に思った。何だか、涙が出そうになった。人生の新しいトビラが、パタンと開いた音が聞こえた。

これから何年、バイクにまたがっていられるのか、わからない。この先の人生への不安も悩みも、山ほどある。だからこそ今、トコトコと走り出そうと思う。わずかな荷物だけを携えて。そうやって、生きていることを日々時々、喜べる時間を紡いでいきたいなぁ、なんて思っているのである。昨日までつぼみだった金木犀の花の香りに、ほっこりと心を膨らませたりしながら。

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text:岡小百合/Sayuri Oka
大学卒業と同時に二玄社に入社。自動車雑誌『NAVI』で編集者として活躍。長女出産を機にフリーランスに。現在は主に自動車にまつわるテーマで執筆活動を行っている。愛車はアルファロメオ・147(MT)。40代後半にして一念発起し、二輪免許を取得した。

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