45歳157cmからの挑戦。女性がバイクに乗るということ

“明らめ”の先にあるもの(岡小百合)

アヘッド 女性 バイク

一念発起して二輪免許を取得してから、半年が過ぎた。そうして今、あらためて思うのは、明らかに自分が変わったということだ。とりあえず、恐ろしいほどつまらない女に成り下がっている…。

かっこよく見られたい、という気持ちがまるでない。ヒリヒリするような疾走感や刺激を求めてもいない。それどころか、ゴージャスでも美人でもなく、淡々とした穏やかな日々を心の底から望むような、とんでもなく凡庸な自分自身に満足している。否、満足できるようになっている。

それはバイクという機械が持つ特性と、無関係ではないかもしれない。タンクを挟むようにシートに座り、両手両足でレバーやペダルを操作する。サイズや排気量の大小に関わらず、そういう基本は変わらない。

クルマの運転とは比べ物にならないほど、体の動かし方の選択肢が少ないのだ。つまり〝縛り〟が多い。縛りがあるから、最初から諦めもつく。諦めがつけば葛藤もない。きっと葛藤がないということが、あれほどの清々しさを生むのだろう。諦めとは、本来、「明らめ」と書くらしい。己にできること、できないことが明らかになる、という意味だと聞いたことがある。

バイクに乗るということは、明らめだらけだ。身体的にも能力の上でも、特に女性にとってはそうだ。だからなおさら、その明らめを受け入れて手に入るものの素晴らしさに、私は心を打たれている。

体まるごとをさらすようにしてバイクで走っていると、匂い、光、熱、風、大地、そういうものがダイレクトに五感に突き刺さってくる。この世はこんなにも色に溢れ、これほどに風が吹き、大地が力強く日常の営みを支えていることを実感する。

ドラマティックに世界を染め出す朝日に心震えたり、海沿いの道で潮の匂いに鼻をくすぐられたり、陽が沈む間際にふっと空気の質が変わる瞬間を風の乾き方で感じたり…。

そんなことに感動を覚える自分が自分であることに、さらに感動している。それが女性ならではの感じ方かどうかはわからない。少なくとも、酸いも甘いも多少は知った人生の折り返し地点を過ぎた今、私は私としてバイクで走る幸せを、日々噛みしめている。

●Sayuri Oka
大学卒業後、(株)二玄社に入社。自動車雑誌『NAVI』 で編集者として活躍。長女出産を機にフリーランスに。現在は主に自動車にまつわるテーマで執筆活動を行っている。愛車はアルファロメオ・147(MT)。50歳を目前にして二輪免許を取った。

ハイン・ゲリックの赤いジャケット(伊丹孝裕)

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東京暮らしで仕事はマスコミ関係。頭の上にサングラスをのせて、長めのソバージュを軽くまとめるのがいつものスタイルで、マニュアルのVWゴルフをスイスイと走らせる。それが僕の叔母だった。

80年代初めの、その時代風に言うなら「ナウくてちょっとトッポい」都会の人そのもので、当時の僕は京都の田舎町に住んでいた小学生だったから叔母が聞かせてくれる都会のあれこれが、事の他まぶしく感じられたのだ。

僕がハタチになった頃、そんな叔母が「お古だけどもう着ないことにしたから」とバイク用のレザージャケットを譲ってくれた。それは西ドイツ(当時)のアパレルブランド「ハイン・ゲリック」のモノで色は真っ赤。たぶんそれなりに高価だったに違いないが、なにより驚きだったのは叔母がライダーだったことである。

年に1度会うか会わないかの距離感だったとはいえ、それまでバイクの話なんて1度もしたことがなかったし、免許を持っていることすら知らなかったからだ。

都内の移動はバイクが便利なこと。ホンダのCB250RS-Zに乗っていること。ウェアをケチるとロクなことがないこと。そんなようなことを断片的に聞かせてくれたものの、とにかくその頃の叔母には思うところがあってバイクにはもう乗らないと決めたらしい。45歳でデビューを果たした若林さんとは対称的に、叔母はちょうどその年齢の時に降りたことになる。

だから、結局叔母がバイクに乗るところは見たことがない。見たことがないけれど、例えば「カッコイイと思う女性ライダーは?」と聞かれると、叔母のことを想像しながらヒラヒラとCBを走らせる赤いレザージャケットのライダーのことを語れるほど、それは自然体だった。

ただし、あと何年かしたらそれも想像じゃなくなるかもしれない。というのも、叔母のDNAを強く感じさせる僕の娘が、16歳になったらすぐにバイクの免許を取ると言い出しているからだ。楽しみ3割、心配7割ながら、その時がいつ来てもいいようにハイン・ゲリックは今も大切に持っているのである。

●Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌の編集長をつとめた後、 '07年にフリーランスのライターとして独立。同時にレーシングライダーとしても活動を始め、2010年にマン島TTを完走。近年は鈴鹿八耐とパイクスピークに参戦している。国際A級ライダー。

カッコ良く走りたい(サトウマキ)

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男性を基準に作られたバイクに女性が乗るのって、大変なコトだと思うんです。私が乗っているKTMなんて設定体重が75〜85kg! サスが絶対に沈むはずがない。これじゃ、路面からのインフォメーションが得られずに、怖いと思う原因にもなります。

それだけじゃなくて、ハンドルの幅とか、グリップの太さとか、シートの高さとか、足着きに、取り回しに、腕の長さに、身長等々、よほど体格に恵まれていないと、女性がバイクに乗ることはハンデでしかなかったりもするんですよね。

でも、乗りたいバイクに乗るために、ローダウンしたりすると、「バイクの性能が云々」「そこまでして乗るなら、もっとちいさいのにしたら?」みたいなこともを言われたり。

でも、慣れるまではそれでいいんです。バイクの性能なんて慣れなきゃ出せないモノだし、怖いと思ったらバイクに乗らなくなっちゃうし、女性はなによりも自分で“好き”と思えるモノにしか興味がもてないものだと思っているので、好きなモノを選んでいいのよ! って声を大にして言いたい。

バイクへの信頼度が増したら、そこから性能を考えたポジションに戻していけばいいんだと思います。もちろん、小さなバイクから慣れるという選択肢もありますし、そっちからの方が上達が早いのも事実。

いずれにしても好きなバイクに乗りたかったらそれだけの努力と根性が必要。バイクに乗ることはスポーツなので、運動神経や身体をある程度鍛えないと乗れないし、覚悟がないと乗り続けられない。寒いし、暑いし、化粧は剥げるし、髪もぼろぼろ…。

自分がなぜそこまでしてバイクに乗り続けているのか? それは、バイクが自分のアイディンティであると同時に、それを表現するには、まだまだ「へたくそ」だからなんだと思います。ベースに仮面ライダーやロッカーズとかがすり込まれている自分にとって、ダサいヘボいはあり得ない。

私は、速く走りたいのではなく、いつまでもカッコ良く、楽しく乗っていたい派。たぶん、女性でも、孤高の“ヒーロー”になれるということを体現したいのかもしれないですね。

●Maki Sato
ファッション専門誌からバイク専門誌の編集部に転職した異例の経歴を持つ。現在はフリーランスのエディター&ライター。30代でバイクの免許を取得した遅咲きながら、バイクへの情熱は人一倍、勉強熱心で努力家。ライディングの美しさには定評がある。

ふやけたマシュマロ考(山下 剛)

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バイクを走らせるのに男も女もないと思っているけれども、いざその気になったとき目の前に立ちはだかるハードルは数も高さもちがう。

体つきが小さかったり筋力が少なかったり、家族の反対であったり、女なんだからもっと淑やかになどとのたまう世間であったり、あるいは怪我や事故に対する恐怖心であったり、男だらけの世界へと飛び込むことの不安や面倒くささだったり、とにかく女がすんなりとバイクに乗れることはなさそうで、そんなこんなを乗り越えてくる女の人はすごいなあ、とそのあたり私はわりと無邪気に敬意を持っている。

とくに一人でバイクを走らせている女の人は別格だ。カッコいい。年齢とか車種とか服装とかもろもろは関係なく、誰とつるむでもなくバイクに乗っているほどカッコいい女はいないと思うほどカッコいい。

そう感じる理由のひとつは、そんなハードルを越えてきた実績を持つ折れないハート、すなわち心の強さだ。そういう人は確固たる価値観を持って生きていることが多く、キラキラしていたり麗しい彩りを放っていたりと、まるで宝石のように輝く意志を持っている。たとえそれが原石であったとしてもバイクに乗ることで研磨され、輝きを増していくものだと思うのだ。

ただでさえ男は脆く、女は強いというのに、こうなったらもう男なんてふやけたマシュマロみたいなもんで、どうあっても敵うわけがない。ただただ、その輝きの美しさに見惚れるのみである。

そんなふうに思っているので、信号待ちなどで隣にバイクに乗った女の人が並ぶと、そうしたことをクドクド述べていかにあなたがカッコいいかを伝えたいくらいなのだが、通報されるならともかくそれが原因でバイクを嫌いになってしまったら元も子もないのでグッと堪えて黙っている。

つまり、こうして広く伝える機会を持てたシアワセを今、私はじっくりと噛みしめているわけだ。なので、最後にあらためて言わせてもらう。

一人でバイクを走らせている女はカッコいい!

●Takeshi Yamashita
1970 年生まれ。東京都出身。新聞社写真部アルバイト、編集プロダクションを経てネコ・パブリッシングに入社。 BMW BIKES、クラブマン編集部などで経験を積む。2011年マン島TT取材のために会社を辞め、現在はフリーランスライター&カメラマン。 

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