45歳157cmからの挑戦。女性がバイクに乗るということ

45歳157cmからの挑戦。女性がバイクに乗るということ

アヘッド 女性 バイク

乗りたいという気持ちが萎えそうにもないと分かると、すぐ、いくつものディーラーを回って、いくつものバイクにまたがってみた。これなら何とか乗れそう、と思ったのがKTMの250DUKEだったのだ。

バイクはやって来たが、両手両足の役割りは完全に忘れている。会社の駐車場で発進すらできず途方にくれた。まずい、どうしよう…。

一週間後、休みをもらって、2泊3日コソ練の旅に出た。

一度はダートでバタンと倒れてアザだらけになったけれど、何とか乗れるようになって、今のうちに少し遠出ができるようになっておきたい。そこで自分のためにツーリングを企画して、参加してくれそうな人に声をかけた。待ち合わせを保土ヶ谷PAにしたのはいいが、果たしてそこまで一人で行けるのか。心配で、当日までにその日のルートを途中まで、3回、予習した。

乗るということだけで精一杯。自分がバイクに乗っているというその事実に自分で驚いたりしているほどで、まだバイクについて何事かの感想すら持ててはいない。それでも一人で高速道路を走ったときに「太陽が眩しい」、そう思ったのが印象的だった。

歩いていたって、クルマだって太陽は眩しいのだけれど、それとは全然違っていた。まだ風は冷たいけれど、春の太陽だ。そのことを全身で受け止めた、と感じられるほどに太陽はキラキラと輝いていた。

バイクはバランスを崩すと倒れる。基本的にアクセルを開けることで安定する。本質的にそういう乗り物であることが、私には切ない。やせ我慢の乗り物であり、ライダーの強さも美しさも、そういうバイクの本質によって生み出されるものなのだと思う。

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若林が〝自分のために〟企画したツーリング。保土ヶ谷PAで待ち合わせ、海へと進路をとり、三崎へ行って帰って来るというもの。初ツーリングの興奮も冷めやらぬうち、一緒にツーリングに行った二人の女性と、「女性がバイクに乗ること」というテーマであれやこれやと話し合った。

それぞれの始まり

若林 この特集のタイトルはまさに私のことなのですが、恥ずかしながら、45歳にしてバイクに再挑戦することになって。

サトウ 再挑戦、というのは?

若林 中型免許は9年ほど前に取得していて、ヤマハのSRXも購入したのだけど、筑波のコース1000の練習会などに参加したほかは公道を数キロ走っただけで挫折。以降、「私には無理」と封印してきた。

サトウ なのになぜ再挑戦?

若林 直接のきっかけは、岡さんでした。そこそこ長いお付き合いをさせていただいているけど、岡さんって、バイクとは程遠い方だと思っていた。そんな岡さんがバイクに乗り始めたと聞いて、さらに岡さんに書いてもらったaheadの原稿「年女4回目にして二輪免許を取得した理由」を読んで、胸を打たれたというのかな。本当にみずみずしい文章で、一文字一文字からバイクに乗る喜びがあふれていた。

 光栄だわ。

若林 間接的には、多分、クルマが一段落したと思えたことかな。34歳でこの仕事を始めたとき、私はペーパードライバーだったでしょう? マニュアル免許さえ持っていなかった。

だから人より遅れてるわけよね。普段の運転に慣れることから初めて、ラリーレイドという競技に出会い、2015年にはダカールラリーにナビで参戦して、その年の夏はモンゴルラリーをジムニーで一人で走って完走した。

ずーっとまだダメだ、まだダメだって思ってきたんだけど、とりあえずいったんは自分にOK出してもいいかなって初めて思えたのね。岡さんの文章を読んだのはそんなときだった。今ならやれるかもしれない、とそう思った。

 私はね、16歳のときに一度、バイクに乗りたいと思ったんだけど、親に猛反対されて、反対を押し切ってまで免許を取る勇気はなかったのね。そのうちクルマの免許を取って、クルマに乗るようになり、クルマの世界で仕事をするようになり、それから結婚して子供が生まれて…いつの間にかバイクのことは忘れてしまってた。

でも昨年、下の娘が大学に入って、子育ても一段落。ふと周りを見渡すと、友人たちがバイクにリターンするようになっていた。それで友人のバイクの後ろに乗せてもらってツーリングに行ったりしてたんだけど、「年齢的に言って、もうこれが最後のチャンスかも知れない」と、一念発起して免許を取りに行った。

若林 そんな私や岡さんにとって、2015年12月号「サトウマキのライディングレッスン」はまさにバイブル。岡さんなんて大事なところをマーカーで塗ってる!

サトウ 私もバイクに乗り始めたの、30過ぎてからなの。子どもの頃仮面ライダー見て、「かっこいい!」って、バイクに憧れたのね。免許を取れる年になった頃はちょうどバイクブーム。オトコ友達はみんな峠を走ってて、バイクが出てくる漫画、「湘南爆走族」とか「ホットロード」を読みふけり…、不良=カッコイイという時代。

でも、私も親の反対で免許は取れず、かろうじて許してもらえたのがスクーター。その後、大学で東京に出て来たんだけど、学生時代は課題に追われ、出版社に入ってからは仕事が忙しくてバイクどころではなかった。

若林 サトウさんは大学時代、ファッションを勉強して、出版社に入ってからもファッション誌の第一線で編集兼スタイリストの仕事をされてきたのよね。

サトウ そうなの。でね、無我夢中で走ってきたんだけど、30過ぎて、ふと「あ、アタシ、バイクに乗りたかったんだ」って急に思い出した。

 なんで急に?

サトウ 多分、ある程度キャリアも積んで、仕事も少し落ち着いてきて、自分の気持ちにも時間にも、経済的にも余裕ができたからだと思います。それと、ちょうど平成ライダーで世の中に仮面ライダーが再熱していたというのもあったかな。

もともと、50年代〜60年代のファションで「ロッカーズ」とか「モッズ」が大好きというのが自分の根本にあって、それらのファッションには必ずかたわらににバイクがあるんですよね。で、「アタシ、やっぱり革ジャン着てなきゃ」って。バイクがあればもっと自分のスタイルが完璧になる。

若林 そうか。バイクはどうしても必要だったんだね。

サトウ もちろん、バイクで走りたいし、正義の味方になりたいし、というのが根っこにあるんだけど。それで中型免許をとって、3年くらいはCB400SSに乗ってた。そうすると自然にバイク雑誌を読むようになって、「私、バイク雑誌の仕事、できるかも」と気が付いて。

若林 それでエイ出版で仕事を得たんだ。

サトウ そう。エイ出版に入る前に大型免許をとったの。エイ出版に入ってからは、根本 健さんにマンツーマンでライディングを教えてもらえたのが大きかったと思う。なかなか一対一で教えてもらうことってないから。それまで、なにが不安で、なにが怖いか、なにが上手くいっていないのかが分からなかったんです。この〝怖さ〟の正体を解明するのがポイントかも。

若林 まだ一人で遠出をするのが怖くて、今回、自分のためにツーリングを企画し、気のおけない人たちに声を掛けてみたわけなんだけど、普段、ほとんど人と一緒に行動しない人たちが快く集まってくれて…。圧倒的な安心感でした。バックミラーを見ると、いつもピタッと同じ場所に微動だにしない伊丹(孝裕)さんがいる。

 ずっと伊丹さんの後ろを走って、本当に勉強になったわ。

若林 伊丹さんにしろ、山下(剛)さんにしろ、私がバイクに乗ることを喜んでくれてる感じがして、うれしかったな。

 練習のためにひとりで走りに行ったりしたけど、今回のツーリングはまた違う感じで楽しかった。たわいのない会話だったり、同じ景色を共有したり。

サトウ ツーリングってみんなで行っても、走るのは一人。

若林 面白いよね。「みんなこの渋滞いやだろうな」とか、「日が落ちて、みんなも寒いんだろうな」とか、いろいろ一緒に走ってる人たちの気持ちを想像してしまう。

 みんな同じくらい楽しいけど、同じくらい危険な中にいる。同士みたいな感覚はあるわよね。

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