トヨタ博物館に行こう!

トヨタ博物館に行こう!

アヘッド トヨタ博物館

text:まるも亜希子

咲かせては散り、散ってはまた花を咲かせる。それを何千、何万と繰り返して、自動車の歴史は現代まで紡がれてきた。遥かいにしえの外国で産声をあげた、フロントガラスも屋根も、ドアさえもない姿を前にすると、あらためてその歩みに費やされた膨大な時間と、命の重みが押し寄せてくるようだ。そしてここから始まる、人類の偉大なる発明をたどる冒険に、少しずつ胸が高まるのを感じる。

名古屋の東隣りに広がる愛知県長久手市は、古くは「小牧・長久手の戦い」の地として、近年では「日本国際博覧会(愛・地球博)」メイン会場の地として日本史に名を刻む。のんびりとその市街地を走っていくと、Tの字をかたどった大きなオブジェが印象的な、トヨタ博物館が見えてくる。

約1万4000坪もの広大な敷地を持つトヨタ博物館は、1989年にトヨタ自動車の創立50周年を記念してオープンした。ガソリン車の黎明期から、世界の歴史をたどることができる自動車博物館は日本唯一と言っていいだろう。

本館と新館の4フロアに展示されるだけでも約160台、収蔵庫を含めると約540台もの貴重なクルマたちが収まり、カフェやレストラン、ライブラリーやミュージアムショップなども常設され、欧米の博物館と比較しても充実した施設である。

トヨタ博物館

▶︎トヨタ博物館は名古屋瀬戸道路・長久手I.C.を降りてすぐ。「T」をかたどったオブジェが迎えてくれる。


数年ぶりに訪れた館内は、2019年に迎える開館30周年に向けて大掛かりなリニューアルが進められており、昨年1月にその第一弾として本館2階、今年1月に第二弾の本館3階が完成したばかり。その経緯を、副館長の浜田真司さんに伺った。

「当館ができたのは、〝日本にも、ちゃんと自動車史を伝える博物館を作りたい〟という、当時会長だった豊田英二、社長だった豊田章一郎の強い想いからでした。展示にあたっては自動車史に造詣の深い五十嵐平逹先生とストーリーを考え、それに必要なクルマを世界中から集めました。開館当初はまだ日本と欧米のクルマには大きな差があり、2階と3階で分けて展示していたのですが、日本車も歴史を重ねてきて、世界で認められ、世界に影響を与えるクルマも増えてきました。そうした事実を、日本の博物館こそが、しっかり伝えなければいけないと考えました。時代の流れの中で、世界と日本のクルマたちや社会的背景がどのように影響しあい、進化してきたのか、それがわかりやすいよう展示に工夫を凝らしたのが今回のリニューアルです」

トヨタ博物館

▶︎トヨタ自動車初の生産型乗用車「トヨダAA型乗用車(レプリカ、1936年)」。理想的な前輪荷重やすぐれた乗り心地を実現し、当時、海外と比べてもきわめて先進的なクルマであった。


9世紀末にタイムスリップしたような空間が、見学のスタートとなる。そこからは、近寄るのも恐れ多いほどのオーラを放つクルマたちが続く。ガソリン車より先に発明された蒸気自動車が、すぐ間近に見られるだけでも滅多にないことだが、隣りに置かれたモニターにそれがトヨタ博物館の敷地内を走っている映像が流れていて驚いた。

「クルマは置き物ではなく動いてこそ、というのもこだわりのひとつで、基本的にすべて動態保存しています。現在は8名の専属整備士が全車のメンテナンスにあたっていますが、一巡するのに4年ほどかかるんですよ」と浜田さん。

100年以上前のクルマともなると、その整備には正しい知識が求められ、小さな部品ひとつが欠けても再生は困難になりかねない。そうしたクラシックカー整備の技術を次世代に引き継ぐという意味でも、トヨタ博物館が果たす役割は大きいと感じる。

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▶︎本館3F「モータリゼーションの進展と多様化」(1950年代から現代まで)のフロア。中央はアメリカ車、左手がヨーロッパ車、右手が日本車。同時代のクルマを一堂に見ることができて、とても興味深い。


この2階フロアでは、年代やテーマごとにまとめられた8つのゾーンを歩きながら、自動車の黎明期から1950年代までの歴史をたどり、日本車の誕生にも遭遇する。

まだ馬車や自転車の名残を感じるものから、しだいに屋根やガラスがつき、レバーだったハンドルが円形になるなど、つぶさに眺めていると、まるで先人たちが試行錯誤してきた様子を1台1台が熱く語りかけてくるかのよう。現役のメーカー、消えていったメーカー、技術や構造、デザインの栄枯盛衰も見て取れるのが興味深い。

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▶︎諸説あるがガソリン自動車第1号と言われているカール・ベンツによる「ベンツ パテント モトールヴァーゲン」(レプリカ、1886年・ドイツ)。


しかし開館当初から守られているこだわりもある。トヨタ車を特別扱いしないというのも、そのひとつ。エスカレーターで2階に上がると、まず目に入るのはガソリン車第1号とされるベンツ パテント モトールヴァーゲンだ。

一気に再びエスカレーターで3階に上がると、モータリゼーションの進展と多様化を軸とした、1950年代から現代までの展示に進む。世界大戦後、いよいよ白熱してきた日米欧の自動車合戦に突撃していくような気分だ。

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▶︎20世紀初頭(明治中期)のアメリカで普及していた自動車たち。およそ半分が蒸気自動車で、電気自動車、ガソリン車が混在していた。右から順に「スタンレー スチーマー モデルE2 (1909 年) 」 、「ベイカー エレクトリック(1902年)」 、「オールズモビル カーブドダッシュ(1902年)。

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▶︎あらゆる意味で国産車モータリゼーションの出発点となった「トヨペット クラウンRS型(1955年)」。

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▶︎安価で十分な性能を備えた「T型フォード(1909年・アメリカ)」。アメリカのみならず世界の国々に大きな影響を与え、人々にクルマのある生活をもたらした。

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▶︎「メルセデスベンツ 300SL クーペ(1955年・ドイツ)」。日本では石原裕次郎も愛車にしていたことで知られている。

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▶︎2014年に発売されたMIRAIのコンセプトモデル、「トヨタFCV-R(2011年)」。


戦争のダメージからどのように復興したのか、大きく豪華さを増す欧米のクルマたちに対し、日本車が打ち出した強みとはなんだったのか。開発者たちだけでなく、人々がクルマに抱いた夢や希望、豊かさへの憧れが充満する一角もあれば、交通戦争や排ガス問題などに立ち向かう苦悩を垣間見る瞬間もある。

そして、21世紀目前でのハイブリッドカーの登場。それぞれの時代背景も含めて、目まぐるしく変化してきた世界が5つのゾーンに凝縮されている。

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▶︎言わずもがな日本が誇る名車、「トヨタ 2000GT MF10型(1968年・日本)」「トヨタ スポーツ800 UP15型(1965年・日本)」


またこのフロアでは、我が家に初めてやってきたクルマに再会したり、少年のころ欲しかったクルマに久々にときめいたり、自分自身の歩みとリンクする人も多いかもしれない。

時を経てじっくり眺めると、そのクルマが果たした役割や細かな部分のデザインなど、当時は気づかなかった発見があるのが面白い。「最近は、カメラを趣味にされる方の来館も多くて、エンブレムなどクルマの一部分だけを撮るという方や、グループで回ってそれぞれの作品を楽しむ方もいらっしゃるんですよ」と浜田さん。

アヘッド トヨタ博物館

そうした〝撮影〟が目的という人たちのために、リニューアルでは展示車を囲んでいた柵をなるべく低く目立たなくし、写真の邪魔にならないよう工夫したという。フロアのところどころにはテーブルや椅子が置かれ、浜田さん自身も「ここに座って眺めるといい感じなんですよ」と、お気に入りのスポットがあるらしい。

話を聞いていると、こうした来館者目線の心遣いが随所に感じられる。これだけの歴史をたどってきてもまったく堅苦しい〝お勉強感〟がなく、どこかフレンドリーで居心地のいい博物館になっている理由はそんなところにあると分かった。

アヘッド トヨタ博物館

▶︎博物館収蔵のクルマ(約540台)は動態保存を基本としている。整備士は8名。クルマの整備が一巡するのに4年ほど掛かる。写真のノートは過去に整備士の方が手書きで記した整備手帳。今はPCで管理されるようになったが、その記録は大切に引き継がれている(整備の様子は一般には公開されていません)。



1階から通路でつながる新館には、日本のモータリゼーションと生活文化展示ゾーンや、期間限定で変わる企画展示ゾーンのほか、18万冊もの自動車関連書籍を収蔵するライブラリーもある。

その一角に子ども向けの「のりもの絵本コーナー」が新設され、利用者がグッと増えたのだとか。生活文化展示ゾーンは来年以降にリニューアルが予定されており、さらに日本のクルマたちとライフスタイルの結びつきを浮き彫りにした内容が検討されているとのことだった。

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▶︎ブックカフェ「CARS&BOOKS」(新館1階)ではブックディレクターがセレクトした書籍を片手にゆっくりとおいしいドリンクを楽しめます。


さて、ここらで一息つきたいと思ったら、選書のプロが厳選した本をめくりながら、ハンドドリップで丁寧に淹れるコーヒーがいただける1階の「ミュージアムカフェ CARS&BOOKS」がオススメだ。

リニューアルに伴って約20冊追加したという書籍は、本屋さんではまず見かけないものもあり、時間を忘れて浸ってしまいそう。そしてお腹が空いたら、本館1階の「ミュージアムレストラン AVIEW」へ。以前から人気の名物カレーなど洋食をメインに、新メニューも加わって満足度が高いと評判だ。

スタッフお手製というランチョンマットは期間ごとにデザインが変わり、大事に持って帰る人やコレクションする人もいて、こんなところにも来館者へのおもてなしを感じる。

トヨタ博物館

▶︎国内外の自動車に関する書籍や雑誌が豊富に所蔵されたライブラリにはお子様向けの絵本を集めた「のりもの・えほん・としょしつ」も併設されている。また国内のほぼすべてのクルマのカタログと、輸入車のカタログも幅広く所蔵されている。


こうしてトヨタ博物館を後にして家路につきながら、私は不思議な感覚を味わっていた。見たものはたくさんのクルマたちだったというのに、心に刻まれたのはその姿ではなく、すべてに宿り、生き続けている「想い」なのだと気づいたからだ。

人の気持ちがクルマを動かし、そのクルマがまた人の気持ちを動かす。現代を生きる私たちが、忘れてはいけない大切なものを取り戻し、未来に向かう勇気をもらえる場所。トヨタ博物館には、そんなパワーもあると感じた1日だった。

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