私の永遠の1台 VOL.18 マツダ ファミリア・アスティナ

VOL.18 マツダ ファミリア・アスティナ

アヘッド アスティナ

▶︎1989年に発売された7代目ファミリアの派生車種。兄弟車の中で唯一リトラクタブルヘッドライトを装備するなど、同時期発売のユーノス100と共通したスタイリッシュなエクステリアを特徴とする。実用的な5ドアハッチバックとしても十分な室内空間とラゲッジスペースを確保し、欧州では高く評価された一方、国内での販売面では苦戦した。


実を申せばこのクルマ、惚れ込んで買ったとかいうわけではなくて、自分のものですらなかった。兄貴のクルマだったのだ。1989年当時、僕はボンクラ大学生で、兄もまだ同じ実家に暮らしていた。

愚弟と違って家族自慢の秀才だった兄は銀杏印の国立大を出た後大手保険会社に就職、堅実な人生を歩んでいたのだが、その兄が社会人になって初めて買ったクルマが人目を引く真紅のアスティナだった。

どこにそんな情熱を隠していたのだろうと兄の知られざる一面を見た気がしたものだ。けれどもよく見てみると、家族を乗せる機会があるからこその5ドア、それでいてまだ落ち着くには早いという意思表示でもある攻めたスタイリングと赤い色。兄なりに考え抜いた末の1台だったのだろう。

免許取り立ての僕にとっても、ファミリア譲りの運転しやすさでそこそこスポーティなこのクルマとの出会いは幸運だった。流麗なくさび型のスタイルとリトラクタブルヘッドライトもスーパーカー世代にはカッコよく見えた。見た目だけのスポーティでなく、実際も硬めの乗り味で速くはないけれどキビキビと動いてくれた。おっかなびっくりで公道に出ていた新米ドライバーに「運転って楽しいかも」と思わせてくれたのだ。

久しぶりにこのクルマの写真を見ると、思い出だの古傷だの、いろんな情景だのがフラッシュバックする。静まりかえった正月の東京で、深夜の道をラジオも点けずに走ったとき、まるで世界で独りだけになったように感じたこと。明け方の首都高から見た、朝陽に浮かぶ街の凛とした美しさ。どこへ行くでもなく、ただ走るだけで楽しく、十分だった。

あんな風にクルマに乗ることが、またあるのかなと思う。でもきっと、本誌を手に取るようなクルマ好きなら、何を馬鹿なことを、と一笑に付すのだろう。あるに決まってる、そう願うなら、と。クルマ自体はとうの昔に廃車になったけど、アスティナがくれた熱情とはいつかまた巡り会える。そう信じたいからこそ、こんな原稿を書いたりしながら、先へ進もうとあがいているのだ。

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text:山下敦史/Atsushi Yamashita
フリーライター。1967年生まれ、長崎県出身。PR誌の編集員を経てフリーに。以後、映画や書籍の評論及びレビューを中心に、ビデオゲーム等の映像エンターテインメントやIT、サイエンス関連の記事などを執筆。著書に『プレイステーション 大ヒットの真実』(日本能率協会マネジメントセンター)、『「ネタになる」名作文学33』(プレジデント社)など。

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