ひこうき雲を追いかけて vol.61 男と女とSUV

vol.61 男と女とSUV

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少し前になるが、相次いで、2人の男友だちにクルマでピックアップしてもらうことがあって、ひとりはいつの間にかセダンから鞍替えしたSUV、ひとりはクーペだった。私はずっと助手席だったのだが、SUVとクーペでは何から何までこんなにも違っているものなのか、と新しい発見をしたような気になったのだ。

その2台に限った話をすると、SUVは着座位置が高い。クーペは低い。乗り込むとき、SUVは腰を落とさずに済むから、早いし楽。なんだか勝手知ったるご近所さん家にお邪魔するような感じだ。

クーペはややもすると「どっこいしょ」みたいなことになるから、きれいに乗り込むにはそれなりに意識しないといけない。いざ座ってみると、私の身長だとSUVはお尻より膝が低くてなんだか決まらない。クーペはお尻より膝が少し高くて、足をきれいに投げ出せる。

走り出すとSUVはアイポイントも高く、フロントウィンドーも広くて、明るい。クーペは視線が低いから、街中ではどうしても他のクルマの影になることが多くて、くぐもった感じになる。

まぁそんなことは、クルマの構造上、当たり前のことなのだが、クーペは乗り込む瞬間から、自分の所作を意識させられるということが私には発見だったのだ。もう少し言うと、「クルマが女性である自分を思い出させる」のである。

子どもがいないから今はどうか分からないが、私たちが子どもの頃はまだ女の子の躾は厳しかった。ある時、「が美しい、と書いて"躾"と読むでしょう? 本来は所作の美しいことを"躾"と言うんだよ」と教えられたことがあって、なるほどと妙に納得したものだ。確かに立ち居振る舞いの美しさは一つの美徳であろう。

最近、あまり人気のないセダンやクーペだが、自分の所作に気を遣い、女性らしいしっとりとした気持ちになれるクルマってなかなか素敵じゃないか、と思ったのである。

SUVはどこまでも健康的で、「ちょっとした気の迷いでそういう関係になっちゃってさぁ」みたいなことは起こりにくい気がする。昔は「芸の肥やし」と許された芸能人でさえ、その手の過ちが命取りになる時代に、SUVはやはり合っているのかも知れない。

“性差”や“男女の役割”というものに対する考え方が大きく変化する中でSUVは生まれた。そうして生まれたSUVがオトコとオンナをますます中性化する、と言ってしまうのは大げさすぎるだろうか。

私は伝統的な男女の役割なんてくそくらえとも思っているが、同時にいくら中性化しても男女の違いには超えられぬ一線があるとも思っていて、そんな興味からも、今後のクルマの動向に目が離せない。

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。

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