午前11時から三浦半島へ

午前11時から三浦半島へ

アヘッド 午前11時から三浦半島へ

さざ波が打ち寄せる岩場に立つと、目の前にはさえぎるものなく水平線まで海が広がっていた。小魚を探して飛び回る海鳥。遠くを滑っていく船の影。ゆっくりと寄せる波の音。

賑わいの季節を過ぎ、人もまばらになった冬の海には、独特の温かさがあるといつも思う。特に、こんな曇り空の日はなおさらだ。太古から続くありのままの自然の姿を見せられているような、そこに立つ自分自身も我そのものに帰ったような、どこまでも穏やかな気持になってくる。

清々しい空気を吸い込むと、知らず知らずのうちに貯めこんだ体中の緊張が、ふわりとほどけていった。

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しばらくすると、少しずつ様子を変える鼠色の空から一筋の陽光が差し、鈍色の海を、そこだけオレンジ色に輝かせ始めた。なんて美しいのだろう。少なくとも、ここまで出かけてこなければ出会えなかった光景。「感動」とするのは大げさ。

けれども確かにドラマティックなその光景に、心はぷるんと揺れる。そのこと自体にも、心が揺れた。大人になると、心を動かす頻度と動きの幅が減るものだと、どこかで聞いたことがある。

歳を重ね、それなりに経験を積むということは、初めての経験が少なくなるということ。つまり、驚かなくなることが増えるということでもある。それは言い換えれば、感動の回数が減るということかもしれなくて、実は今一番怖いのは、そのことなのじゃないかと感じている。

心が震えない人生なんて恐ろしい。この先も、死ぬまで感動していたい……。「やっぱり、海はいいなぁ」 のんきに口に出してつぶやきながらも、そんなことを思っていた。

アヘッド 午前11時から三浦半島へ

三浦半島に位置する城ヶ島。最初からここを目的地と定めて出発したわけではなかったが、海へ行きたい思いに誘われるままたどりついた場所だった。

限られた時間のワンデイトリップにふさわしい距離感にあることも、三浦行きを後押しした。思いがけずに空いた、半日の時間。どう使おうか考えようと思った時に、考えるよりも前に手に取ったのはクルマのキーだった。

ちょっとどこかへ出かけてみようか。ふと思い立っただけ。服を着替えることもなく、とりたてて特別な荷物を準備することもなく、とにかくドライバーズシートに滑り込んだ。そんな風に始まったこの日のドライブだった。それでもいったん走り始めると、もう少し向うへ、もうちょっと遠くへ、と気持ちが誘われ、とうとう高速道路にまで乗ってしまったのだった。

アヘッド 午前11時から三浦半島へ

それはこの日のパートナーがフォルクスワーゲン・アップであったこととも、関係があるかもしれない。カジュアルで明るいたたずまい。どんな道でも分け入っていけそうな、小型のサイズ。排気量1リットルのエンジンをしっかりと回し、ドイツ車らしく力強く走る、その感覚の頼もしさと快活さ。

気負いなく気軽にハンドルを握ることのできるクルマだから、思いのままに走らせる楽しみをたっぷりと味わうこともできる。そしてだからこそ、日常から非日常への境界線が曖昧で緩やかなのだ。

いつもの自分そのままに、いつもではない場所まで駆けて行ける。等身大の自分自身から、自分自身の生活から、決してかけ離れることのない、その毅然とした現実感が心地いい。

アヘッド 午前11時から三浦半島へ

VW up!
車両本体価格:¥1,938,000
(high up! 4 ドア、税込)
総排気量:999cc
最大出力:55kW(75ps)/6,200rpm
最大トルク:95Nm(9.7kgm)/3,000〜4,000rpm
燃料消費率(JC08モード):22.0km/L

都心から三浦までのコースは、そんな思いを確かめるのに、ぴったりな道でもあった。コンクリートに囲まれた都心から首都高速道路に乗り、東京タワーを左に確かめながら走って行くと、道はやがて東京湾に注ぎこむ運河に沿い始める。

モノレールと並んで走りながら羽田空港を過ぎると、ほどなくして何本もの煙突が煙を吐き出し続けている川崎の工業地帯へとさしかかる。神奈川県の大都市・横浜の高層ビル群をかすめながら走り、横浜横須賀道路に道を選ぶと、辺りの風景は徐々に自然の色が濃くなってくる。

山を縫うかのようにカーブが増え、幾つかのトンネルをくぐって走る。常緑樹の林の中に、時々見える丸坊主の木々。きっと紅葉の頃には、素晴らしい彩りで愉しませてくれたのだろう。

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そうして高速道路を降り、坂を下っていくと、立ち並んだ家屋の向こうから海が姿を現す。こんな曇り空の日でさえも、何となく心を湧き立たせるには十分な演出。目的地を決めずに来たドライブにも関わらず、海が見えると、たどり着いたという気持ちになるから不思議だ。そしてまた、たった1時間半ほど走っただけだというのに、ここまで来た、という思いになることも。

ふと自分を見れば、いつもの服。助手席には、いつものバッグ。日常のままの自分の所属物がそこにある。そして、あらためて思う。思い立った時に思いのままに、いつでもどこへでも出かけられるのは、クルマの美徳の一つだ。夏でも秋でも冬でも。暑くても寒くても。晴れでも曇りでも雨でも。風が吹いても吹かなくても。嬉しくても楽しくても、悲しくても……。

アヘッド 午前11時から三浦半島へ

三浦半島を南へタイヤを進めると、風景はさらに都心で暮らす日常からは離れていった。海を見下ろす丘に広がる、青々とした大根畑。農道を行くトラクターの、のどかな排気音。

圧倒的に広がる海の美しさ。その傍らに横たわる、小さな漁港の町の暮しの姿。ささやかに町と町をつなぐ生活道路の傍らでは、水仙が芳香を放ち、アロエの株が朱赤の花を空に向かって咲かせて始めている。

静けさ。時間の流れの緩やかさ。愛おしさ。安らぎ。何だかほっとしながら、今ここに流れる日常を邪魔しないようにと思いながら、アクセルを踏み、ハンドルを握っていた。

リフレッシュというよりも、我自身に返った。そんな半日を過ごした後で、当てずっぽうに選んだコーヒーショップに立ち寄った。豆にこだわり、自家焙煎しているのだという。

地元の常連客に交じり、看板どおりに芳ばしく美味な一杯をすすりながら考えたのは、今夜の夕食の献立のこと。買ったばかりの採れたて三浦野菜でお鍋でも作ろうか。それとも煮物に使おうか。一時間半後、きっと私は自宅のキッチンに立っている。昨日と同じように。明日と同じように。

GARDEN CAFE「earthen Place(アーセンプレイス)」
住所:神奈川県横須賀市秋谷 3741
Tel:046(856)9210
営業時間:10:00 〜 17:00(年中無休・不定休あり)
www.earthen-place.jp

岡小百合さんが立ち寄った国際湘南村のカフェ。自家焙煎の美味しいコーヒーがいただける。コーヒー豆の販売も行なっている。

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text:岡小百合/Sayuri Oka
大学卒業と同時に二玄社に入社。自動車雑誌『NAVI』で編集者として活躍。長女出産を機にフリーランスに。現在は主に自動車にまつわるテーマで執筆活動を行っている。愛車はアルファロメオ・147(MT)。40代後半にして一念発起し、二輪免許を取得した。

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