埋もれちゃいけない名車たち vol.74 “素の自分”が 試される「シトロエン・2CV」

埋もれちゃいけない名車たち vol.74 “素の自分”が 試される シトロエン・2CV

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ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーの探偵小説じゃなくて、ハードボイルド文学の原点といわれてるのは、アーネスト・ヘミングウェイの書いたドロドロの愛憎劇だったりする。

text:嶋田智之 [aheadアーカイブス vol.190 2018年9月号]
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vol.74 “素の自分”が 試される シトロエン・2CV

vol.74 “素の自分”が 試される シトロエン・2CV

映画でいうなら〝007〟はもちろんだけど、〝ダイハード〟だって立派なハードボイルドだ。トレンチコートを着てバーボンを傾けるのがハードボイルドではないし、男くさけりゃいいってわけでもない。〝ハードボイルド〟の解釈は、実に広義にして複雑だ。

それがクルマともなれば、なおさらだろう。その手の映画や小説に登場した、例えばアストンマーティンやマセラティなどには間違いなくそのイメージはあるし、くたびれた少し古めのアメリカ車や幌型のジープなんかもそうかも知れない。けれど、僕の頭の中にあるハードボイルドなクルマは、実は全く違っている。

シトロエン2CVである。

その愛嬌のあるブリキのオモチャのような姿を思い浮かべて、訝しい気持ちになる方も少なくないだろう。そのルックスには、ほのぼのした雰囲気すら漂ってるのだから。そういえば〝007〟でジェームズ・ボンドがカーチェイスで走らせてたことがあったよね? とおっしゃる方はとてもマニアックだと感心するけど、そういうことでもないのだ。

ならば、なぜか。これほど〝自分〟というものに直面させられるクルマを、僕は他に知らないからだ。

もとが大衆の道具として作られたクルマだからテキトーに操作しても走ることは走るが、2CVは綺麗に走らせようと思うと、様々なことを要求してくる。エンジンはたった29‌psに4・0㎏ーmだから、有効なチカラを発揮してくれる領域を選んで走らなきゃならない。

サスペンションが柔らかくてストロークも長いから、車体は前後左右斜めに大きく揺れがちで、ロールの揺り戻しを計算に入れてステアリングを操作しなければならないし、曲がるときには荷重をしっかり移してやらないとならない。

並べだしたらキリはないが、そうまでして綺麗に走れたとしても、息を呑むほど遅い。夏は暑くて冬は寒い。エンジンの音は喧しいし、室内ではあちこちから様々な音がする。呆然とするくらい原始的なのだ。

が、不思議とそれが楽しく心地好い。次第に〝クルマってこれで充分だろ〟なんて思えてくる。吾唯足知(=われただたるをしる)。妙に哲学的な気持ちになり、無意識の意識で色々なことを考える。

ドライビングも自分の意識も徹頭徹尾アウトプットで、素の自分が残される。それと常に対峙しながら走ることになるわけだ。そのときの〝自分〟がちゃんとしてないと恥ずかしくなる。突き詰めると試されるのだ。

そう、ハードボイルドとはカタチの問題じゃなく、生き方なのである。

シトロエン・2CV

シトロエン2CVは、1949年から1990年にかけて生産され続けた、フランスの国民車的存在。徹底した機能主義的な車体設計は、極めてシンプルにして簡素。それでいて普通の乗用車として機能させるために無数のアイデアが盛り込まれている。

エンジンは最後期ですら29ps602cc水平対向2気筒で、ずっと非力であり続けたが、荒れた農道を走ることも想定されたサスペンションにより、ゆりかごのような柔らかい乗り心地を持っていた。1948年の発表時には“醜いアヒルの子”などと揶揄されたが、経済性や居住性などが評価され、41年間で387万台が販売された。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。
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