ル・マン24h トヨタ初優勝の舞台裏

アヘッド ル・マン24h トヨタ初優勝の舞台裏

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第86回ル・マン24時間レースが6月16日~17日に行われ、中嶋一貴、F・アロンソ、S・ブエミがドライブするトヨタ8号車が総合優勝を果たした。2位に入ったのは小林可夢偉、M・コンウェイ、J・M・ロペスが組む7号車で、トヨタのワンツー・フィニッシュだった。トヨタは1985年に初めてル・マンに参戦し、今年で通算20回目の挑戦である。レーシングハイブリッドを引っ提げての挑戦は7回目。まさに、悲願の初優勝だった。

text/photo:世良耕太 [aheadアーカイブス vol.188 2018年7月号]
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ル・マン24h トヨタ初優勝の舞台裏

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'14年はレースが折り返しを過ぎたところまでトップを走っていたが、電気系のトラブルでリタイヤした。'16年は23時間55分まで首位に立っていたが、コンプレッサーとインタークーラーをつなぐパイプが前触れもなく外れてパワーを失い、手中に収めかけた勝利を失った。

「絶対勝つ」つもりで臨んだ'17年は3台を投入したが、2台がリタイヤ。1台は完走したもののトラブルの修復で大きく遅れ、総合8位に終わった。チーム代表の村田久武に言わせれば「2位でも惨敗」なのだから、目もあてられない結果だった。

'17年はメカニカルトラブルが発生したり、他車と接触して車体にダメージを負ったりしたが、結果を残せなかった原因を突き詰めて調査していくと、すべてヒューマンエラーに行き着いた。18年に向けては、もの作りの上流まで徹底的にたどって不具合が発生しないようにした。

万が一不具合が発生した場合は、部品の修復を最短時間で終えられるよう、トレーニングを繰り返した。コース上で不具合が発生したり、車体にダメージを負ったりした場合は、なんとしてでもピットまで戻って来られるよう、対策を講じた。
トヨタ自動車のお家芸である「カイゼン」をル・マンプロジェクトに持ち込んだ格好だった。レース終盤、小林が運転する7号車が給油のタイミングだったにもかかわらず、ピット入口を通り過ぎてしまった。

このミスもあらかじめ想定済みであり、用意してあったシナリオをもとに、燃料タンクに残ったわずかな燃料とバッテリーに残った電気エネルギーをやりくりして1周13,626㎞の長いコースを1周した。

「昨年までだったら、小さなほころびから破綻してリタイヤしていたかもしれない。今年はきちんとコントロールできた」と、村田チーム代表はカイゼンの成果を喜んだ。

'17年シーズン限りでポルシェが撤退したため、最上位カテゴリーに参戦する自動車メーカーはトヨタ1社になった。競争相手のいないレースに参戦することに意味があるのか、という理由から参戦中止の議論が社内で持ち上がったが、「ハイブリッド技術をレースで鍛え、それを高い次元で市販車にフィードバックする」目的を完遂するため、参戦の継続が決断された。
その市販車とはGRスーパースポーツコンセプトである。東京オートサロンで世界初公開されたのに続き、ル・マンでヨーロッパのファンに初めて公開された。

トヨタと同じカテゴリーで競争するのは5チーム8台のプライベーターだった。アロンソの言葉を借りれば、408psのモーターアシストにより「ロケットのように加速する」ハイブリッドのトヨタと互角に勝負できるようにするため、ガソリンエンジンのプライベーターはトヨタより200ps高いエンジン出力が出るような優遇措置がとられた(トヨタの500psに対し700ps)。

1周あたりの燃料使用量はトヨタより69%も優遇された。それでも、レースが始まってみるとプライベーターはトヨタの敵ではなかった。裏を返せば、トヨタTS050ハイブリッドの技術レベルが段違いに高いことを示していた。トヨタはこうした持ち前の「速さ」に加え、足りなかった「強さ」を手に入れ、悲願の初優勝を手に入れた。


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text:世良耕太/Kota Sera
F1ジャーナリスト/ライター&エディター。出版社勤務後、独立。F1やWEC(世界耐久選手権)を中心としたモータースポーツ、および量産車の技術面を中心に取材・編集・執筆活動を行う。近編著に『F1機械工学大全』『モータースポーツのテクノロジー2016-2017』(ともに三栄書房)、『図解自動車エンジンの技術』(ナツメ社)など。http://serakota.blog.so-net.ne.jp/
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