“こだわり”が未来を拓く 桂 伸一 インタビュー

アヘッド 桂伸一

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Interview with Shinichi Katsura

text:ahead編集長・若林葉子 photo:長谷川徹 [aheadアーカイブス vol.185 2018年4月号]
Chapter
細部に神が宿る
〝走れる〟ことの大切さ
桂 伸一/Shinichi Katsura
1959年生まれ。自動車雑誌「OPTION」を経てフリーランス・モータージャーナリストに。クルマの印象を判りやすく各媒体に寄稿すると同時に、幼少の頃より憧れたレーシングドライバーとして国内ではグループA、N1ではGT-Rで2年連続チャンピオンに輝く。アストンマーティンとは2008年から5回ニュルブルクリンク24時間耐久レースにワークスドライバーとして参戦。2度の優勝を飾る。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。WCAワールドカーアワード選考委員

細部に神が宿る

——桂さんのヘルメットへのこだわりは尋常ではないらしいですね。

そう徹底的にこだわってるよ。

——これは神尾から聞いたんですが、今被っているのは、アライの「GP6」なのに、「GP5」のような小さなダクトが付いているとか。

よく気づいたね。「GP5」まではダクトが小さかったんだ。でもF1ドライバーのハミルトンが「GP6」なのに「GP5」と同じような小さなダクトが付いてたので、問い合わせたら、「実は開発中のGP6専用品があるんですよ」と。それでこれにしている。

——そんなところに気づく人は少ないと思います。しかも桂さんは、アライから独立した「スタジオコメ」さんでヘルメットの塗装をしてらっしゃいますよね。

どうせ作るならかっこよくないと。それにコメさんのところは軽いから。実際に帽体で何グラム、塗装で何グラムと表記されてるの。だから佐藤琢磨選手やスーパーGTのドライバーもコメさんで塗ってもらってるでしょ。価格だけ聞けば高いけれど、それにかかっている時間や労力を考えればむしろ安い。自分で塗装をやったことがあるから、そういうことはよく分かる。自分でやってこだわりだすときりがない。だから、プロに任せる。そういうスタンス。

——デザインに限らず、へルメットに頓着のない人も多いですが。

僕はね、ほかのドライバーがヘルメットをぞんざいに扱っていたら怒るの。例えば投げたり、ひっくり返して置いたりね。自分の頭を守ってくれるものだもの。大事にしなきゃ。

——へルメットに限らず、桂さんはスロットカーやミニカーにもとことんこだわっていますね。

遊びにしたっておもちゃにしたって。いや、おもちゃって言われるのはホントは心外なんだけど、なるべく本物に近くありたいから、おもちゃおもちゃしたものは嫌なんだ。だからクオリティの高いモノ以外はいらない。それを見たときに「へぇー」って自分で言いたいの。人に言わせたいわけじゃないんだよ、自分が納得したいだけ。

——いまのお話でミニカーで有名な「エブロ」の社長である木谷さんを思い出しました。数字や精密さだけにこだわると、目で見た感覚と異なることがあるから、そこに手を加えて自分の思っている形に整えるとか。またそのクルマの純正色にこだわり過ぎると スケールモデルでは違って見える。だから何年も掛けてチーム(レースカーの場合、スポンサーカラーの契約がある)と交渉して理解を求めるとか。「ここで終わりと区切ってしまえばいつでも終わりにできるけど、それでは、そもそもやりたかったことではない。自分が納得するまで作り込まなければ意味はなくて、最後は自分との戦いだ」とそうおっしゃっています。

まったくその通り。所詮おもちゃ。でもそう言ってしまったらそこで終わり。神は細部に宿るんだ。みんな笑うけど、そういう細部へのこだわりは本当に大切。

——本当に「好き」な人はこだわりが強いですから、作り手の意志が分かると思うんです。作り手がどこにこだわったか、何を伝えたかったかが。いろいろ理由をつけて「しょうがない」とか「こんなもんだ」と妥協したところからは、イイものは生まれない。受け身でもイイものは生み出せない。そういうことなんだと思います。

おおげさかもしれないけど、「こだわり」が未来を切り拓いて行くと思うんだ。だから若い人には、もっと徹底的にこだわれ、とそう言いたいね。

——クルマだってなんだって、誰かの、何かへの、時に異常なまでのこだわりが進化を生み、歴史を作ってきたわけですよね。

〝走れる〟ことの大切さ

——桂さんは、例えば、夜遅くでもスロットカーのパーツを買いに行ったりされますし、この間なんて山梨で行われた試乗会の帰りに、「御殿場でカートしよう」なんてことを平気でおっしゃいます。そんな人、他に知りません。

カートに関して言うと、まぁどうせ近くを通るんだから、寄ったらいいんじゃない? というだけなんだけど。

——それだけじゃなくて、自分で2台のクルマを所有されているのに、常に広報車を借りてらっしゃいます。会うたびに乗ってるクルマが違う(笑)。

それはね、試乗会で乗っただけでは分からないこともあるし、日常生活の中で使ってみて気付くこともある。僕たちの商売は〝乗ってなんぼ〟だから。それにメーカーだって、広報車をただ寝かしておくだけじゃ仕方ないわけで、借りては乗って、返しに行ってはまた借りて、とやっている。

——桂さんはアストンマーティンのワークスチームでニュルの24時間レースを走るほどの腕前ですが、モータージャーナリストという仕事はやはり〝きちんと走れる〟ことは大切ですか。

大切です。欧米メーカーは自動車メーカーの重役たちこそ走れますから。これは黒澤元治さんがおっしゃっていて、自分もそうだと思っていることなんだけど、僕はクルマに乗ったらまず、どうやったらこのクルマをきれいに走らせることができるのかを考える。どうやったら、滑らかだけれども速く操縦することができるかを。隣に乗った人の体を揺らさないように一定のGでね。いつもそれを追求していくんだ。でも実はそういう運転に応えてくれる日本車がだんだん少なくなってきていて、最近はそれを憂いているの。アクセルをちょっと踏んだだけでガーっと加速して、すーっと止めたいのにブレーキを踏めばガツンと効いて、ブレーキを弱めるとディスクとパットがすぐに離れちゃう。そういうことを言っても、なかなか通じる人が少なくなった。

——一方で韓国車の評価が高いですね。

そう。アクセルを踏んだらじわっと加速する。ブレーキもすーっと抜くと本当にふわっとGが抜けるからシュッと止めることができる。じわがちゃんとじわぁー、ふわっがちゃんとふわぁっとなる。本質的な性能はもしかしたら、すでに韓国車は日本車を上回っているかも知れない。でもそりゃそうなんですよ。ドイツ人が開発に関わっているんだから。最近はデザインもよくなってきたから、オセロの駒みたいにあるところで一気にひっくり返るなんてことが起こりかねないと思うよ。

——そうなんですね。何をもってきちんと走れるというかは難しいところですが、でもきちんと走れることは、正しいクルマの評価をするためのベースであることは確かですね。

そうだね。僕たちより下の世代のモータージャーナリストの中にもそういうことに気づいて、レースに出たりして一生懸命やってる人もいるんだ。そういう人たちには、自分のできる範囲で、できるだけチャンスをあげたいなと思っている。自分がそうだったようにね。自分たちの時は時代も良かったから、メーカーもたくさん走る場を与えてくれたんだ。今はそうじゃないとは言わないけど、もう少しでいいから積極的に協力してくれるメーカーがでてきてくれたらいいなと思うね。

——走れる・走れないに関しては、もしかしたら二輪業界はもっとシビアかもしれませんね。何と言っても剥き出しですから、誰の目にも一目で上手い下手が分かってしまう。だからそこを鍛えないと、何を言っても説得力がなく、読者の信頼を得ることができません。ちゃんと走れる=ジャーナリストのスタート地点なんです。

そうだよね。ユーザーは誰の原稿であろうといちおうプロと判断するわけだから、お金を払って雑誌を買ってくれる人の礼儀としてもそこは鍛えるべきだよね。四輪でいうとね、昔はそのジャッジはカメラマンができたんだ。同じ場所で同じようにカメラを構えているから、ここのコーナーであんなにタイヤ出てますよとか、インからあんなに離れてますよ、とか。で、乗れる人のことは「あいつ、結構乗れますよ」って周りに話してくれたりしたんだ。残念ながらいまはカメラマンもそれを判断できる人が少なくなっている。業界全体として「何が大事であるか」という前提が変化してきたということかもしれない。残念だけど。

——先日、新型の輸入オートバイの発表会があって、そこでちょっと面白いことがあったんです。3台の展示車両のうち1台だけフォークオイルが入っていなかったんです。多くの人は、そういうセッティングなんだと思ったらしい。ところが宮崎敬一郎さんは、2、3度バイクを上下に大きく揺らしただけで、「フォークオイルが入ってない」と見抜いたそうなんです。それで実際に調べてもらったらその通りだった。それをすぐその場で言い当てられる人は少ない。日常的にバイクに乗っている宮崎さんはやはり本物だなと。そうなると、実際の市販車ではキャスター角が変わってしまう可能性があるから、真横からの写真は避けた方が賢明ということになる。プロとは難しいものだなと思いました。全てはその手前で本当に好きであるかどうかに行き着きますね。遠方の試乗会の帰りに「カートに乗ろう」と誘う桂さんは、本当にクルマが好きなんだなと。

よく「好きだねぇ」と呆れられるけど、「好きなんですよ」と。ラジコンやスロットカーも若い頃、実車のレースがしたくてもなかなかできなかったから、代わりにそれで鍛えようと始めたことだし、それが今でも続いている。好きであることでは誰にも負けないと思うけど、とにかく大事なのは「こだわる」こと。「こだわる」ことでしか気づけないこと、「こだわる」ことでしか拓けない未来があるんだと僕は信じているんです。

▶︎このヘルメットが話の冒頭で語られているアライの「GP-6」。塗装するスタジオコメの軽量に、繊細にマスキングするプロの仕事に惚れ、レースを始めた当初からお願いする長い付き合い。そうした“こだわり”はそのまま桂さんのプロとしての、また趣味人としての表れでもある。
▶︎ニュル24時間で'08年初優勝、'09年2位入賞の#8愛機”ローズ”。その後「事故でお亡くなりに」つまり廃車と聞いていたが、2015年ニュルにあるアストン・テストセンターで蘇っているローズに再会!! 思わず涙が出た、と桂さん。

▶︎モデルカー好きの桂さんにはたまらない、自身が乗ったレースカーがそのままモデル化されている。ニュルブルクリンク24時間レースの優勝車もそれ。アストンマーティン創立100年の記念に水素とガソリンのハイブリッド車で挑戦した2013年の#100ラピード。#8はアストンマーティンとして初優勝した2008年のV8ヴァンテージ。#13はN1耐久で活躍したファルケンGT-R。チャンピオンカーALTIAもある。#18と#2はスロットカーNASCARレース用。スタートからゴールまで常にバトルしたままの興奮は実車レースと何も変わらないオーバルレースの醍醐味。ここにも"こだわり"が詰まっている。

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。
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