ひこうき雲を追いかけて vol.70 帰って来たムラカミ

vol.70 帰って来たムラカミ

アヘッド  帰って来たムラカミ

新卒で新聞社に数年勤めたと聞いていたからもっとしっかりした女性を想像していたが、そこにいたのは年齢とキャリアを考えるとどう見ても幼い、こう言っては失礼だが、ちょっとどんくさそうなオンナの子だった。

それでも同じ職場で働くようになり、他の同僚が辞めて行ってもなんだかんだと粘り強く仕事を続け、私のイジメ(ているつもりはなかったけれど)にもめげず、気がつくと古株になっていた。

私の乗っていたルーテシアを引き継いでくれたのも彼女だった。そのうち結婚して、会社をやめ、大阪に住むようになったが、遠隔地でもできることを手伝ってもらって、大いに助かっていた。それが旦那さんの仕事の関係で数年間をローマで過ごすことになったのが3年前の春。生まれたばかりの長女を抱いて、彼の地へ旅だった。

本人は仕事をできる範囲で続ける気持ちを持っていたが、諸事情で叶わず、私はひとりの友人として、メールやラインで交流を続け、2年前には一度、ムラカミを訪ねてローマへ飛んだ。

夫婦(と長女)で空港に迎えに来てくれて、駐車場には赤いシトロエン・C1が停まっていた。後席にはチャイルドシートが収まっていて、ベビーカーやらなんやらかんやら、小さなクルマは荷物満載。ローマでの彼らの奮闘ぶりが目に見えるようだった。

車内ではいかにローマのクルマ事情に慣れるのに苦労しているかという話に花が咲き、「ここでは遠慮してたらあかんのですわ」と大阪弁で旦那さんがアグレッシブにハンドルをさばいていた。ご存知の方も多いと思うが、ローマ市内はクルマのスピードも速いし、交通量も多いし、渋滞もするし、一般車両が入ってはいけない道もあり、いい加減に見えて、違反はカメラでばっちり捉えられ、しっかり罰金を取られる。「もう何回取られたか分かりません」

それでもムラカミは私の泊まるホテルのフロントとも、食事に行ったレストランの従業員ともイタリア語でてきぱきとやりとりし、出会ったときは丸くて幼かったムラカミはすっかりシャープな女性へと変貌していた。赴任期間の3年の間にもう一人長男を産み、同じ時期に日本にいるお父様を亡くしたが、喜びも悲しみもその胸に抱えて、毎日、2人の子をC1に乗せて、買い物に行ったり、保育園に送って行ったりしていたのだろうと想像する。

ま、もともと神戸大学に現役で合格するような秀才なのである。いつの間にか私なんかよりはるかに成長した彼女とともに再び仕事ができることを喜びつつ、aheadでも、クルマの本場、イタリアで培った彼女の経験を活かしてもらえたらと期待している。

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。

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