ひこうき雲を追いかけて vol.65 松本 葉の『私のトリノ物語』

アヘッド 私のトリノ物語

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松本 葉の武器は“言葉”である。言葉を扱う職業なのだから当然だが、その“言葉”の中には“語学”も“おしゃべり”も含まれる。そしてずば抜けた言葉の才能と引き換えに、彼女はとびきりの方向音痴でとびきりのおっちょこちょいでもある。

text:ahead編集長・若林葉子 [aheadアーカイブス vol.180 2017年11月号]
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vol.65 松本 葉の『私のトリノ物語』

vol.65 松本 葉の『私のトリノ物語』

一緒にいるとき、松本 葉はひたすら喋っている。歩いていても喋り続け、そして時折、ふと我に返ったように「ねぇ葉子ちゃん、こっちで合ってる?」  いつもこんなふうである。どこでだったか、あるときクルマの中で彼女が自分のおっちょこちょいをなげくようにこう言った。

「ほら私ってこんなでしょう? だから神様がたったひとつ、言葉という贈り物をくださったのね」

だとするならば、彼女に言葉の才能を与えたもうた神に私たちは感謝せねばなるまい。先日、発売された松本 葉の新著、『私のトリノ物語〜人がクルマと生きる街で』を読み、私はそう思わずにはいられない。

雑誌『NAVI』の編集者として活躍したのち、1990年にイタリアに渡り、彼女はトリノに暮らし始める。「自動車を軸に回る」トリノの街で見たこと、聞いたこと、出会った人々についてまとめた14章が『私のトリノ物語』である。『ENGINE』(新潮社)での連載(2016年8月号〜2017年9月号)に加筆修正を加えたものが今回、一冊の本として世に出ることとなった。

目次を見るとまず登場人物が豪華なことに驚かされる。ダンテ・ジアコーザ、ジャンニ・アニエッリ、セルジオ・マルキオンネ、ピニンファリーナ、ジョルジエット・ジウジアーロ。私など下手をするとウィキペディアでしか知り得ないような天才たち。

でもこの本を読むと(彼女が実際に会った会わないに関わらず)、かの天才たちが1人の血の通った人間として目の前に立ち現れてくる。ダンテ・ジアコーザの章などは、トリノの街を望むジアコーザの邸宅で、目の前にジアコーザ本人が立っているような錯覚を覚えたくらいだ。

この本の中で私が一番好きなのは、神の手を持つモデラーと、神の目を持つ塗装屋さんのお話。イタリアには有名な天才もいるが、無名の天才も同じようにクルマの世界を支えていることがなんだかとても楽しい。

この本はおっちょこちょいで方向音痴でおまけに好奇心の塊のような松本 葉だからこそ書けた、とそう思う。

おっちょこちょいは人騒がせだ。人と関わらずにはいられない。方向音痴は道に迷う。迷えば人に尋ねずにはいられない。そんなとき、彼女の語学の才能は、武器となって豊かな物語を生み出す。

松本 葉がいなければ、私たち日本人が知ることのなかった生き生きとしたトリノの物語がここには綴られている。

ひとりでも多くの読者に手に取ってもらいたい。心からそう願っている。

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text:若林葉子/Yoko Wakabayashi
1971年大阪生まれ。Car&Motorcycle誌編集長。
OL、フリーランスライター・エディターを経て、2005年よりahead編集部に在籍。2017年1月より現職。2009年からモンゴルラリーに参戦、ナビとして4度、ドライバーとして2度出場し全て完走。2015年のダカールラリーではHINO TEAM SUGAWARA1号車のナビゲーターも務めた。
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