夏の終わり

夏の終わり

アヘッド 夏の終わり

photo:山下 剛


若い頃と同じやり方で、その想いにしがみ付かず、
かといって手放すことなく、新たな人生の指針に変えることもできるはず。
経験を重ねて、人として熟成してきた今こそ
無意識のうちに培ってきたリアルな自分の想いに気付けるのだ。
夏の終わりは総じて寂しいものだが、次に来る秋という季節は収穫の時期でもある。

農耕民族の挑戦

アヘッド 夏の終わり

text:吉田拓生 photo:長谷川徹


夜の峠に通うワカゾーだった頃の僕には「落ちてもいい日」があった。今日は谷から落ちてもいいや、と思えるくらいアタマとカラダが冴えていて、乗れていて、だから目一杯攻めて走れる日。

ブレーキングのマージンはゼロに近いから、タイミングを見誤れば、前輪から白煙を上げ、アンダーステアが顔を出す。こうなったらあとは運を天に任せるのみである。幸い谷には落っこちなかったから、今こうして原稿を書けているわけだけれど……。

峠の後はサーキットの時代が7~8年ほど続いた。レーシングスーツを安いスパークリングワインで濡らしたこともあるけれど、ガードレール、他車のお尻、サンドトラップ、色々な場所に突っ込んで、その度に安くない代償を払った。けれど気がつけば、そんな熱く焦がれた季節も過ぎ去ってからずいぶん経つ。

趣味、恋、仲間、仕事……オトナの季節は、学生時代のように6年とか3年といった区切りがない。はじまりと終わりに合図のようなものがあったりなかったり、そのあたりは実にテキトー。人それぞれのペースで時は巡り、そして気がつくと秋風が……いやいや、雪に出くわしてようやく、夏が終わっていたことに気づくようなこともあったっけ。

20代の終わりはサーキットと並行してイギリス取材に度々出かけることも、ひとつの季節としてあった。鈴鹿で知り合ったカメラマン、マイク・ギボンとともに、イギリス中のサーキットやモーターレーシング界のレジェンドたちを取材して回ったのである。

移動するクルマの中や、ヘレフォードシャーの丘の上に建つマイクの自宅で、ボクは陽気なイギリス人とカタコトの英語で話し込んだ。イギリスと日本の違い、ポンドと円の感覚の違い、そしてモーターレーシングを通した死生観についても。

彼の地で様々なレジェンドを取材してきて、彼らが必ず備えている「自分を強く信じる力」のようなものには強く心を打たれた。と同時に自分の中にはそれが欠片も存在しないことに気づきはじめていた。宗教的な理由なのかもしれないが、彼らは必ずと言っていいほど来世の存在を信じていた。信じることで、モーターレーシングが本質的に含んでいる恐怖に蓋をしていたのかもしれない。

気持ちが揺らぎはじめていた30代のはじめ、ボクの自動車レース人生は筑波サーキットの1コーナーで、強い衝撃とともに一旦終止符を打った。自分の中では結構大きな夏の終わりだった。

あれから10数年が経過した現在のボクは、「本気でサーキットを走れば、昔よりも速く、上手く走れる!」という根拠のないプライドを抱きつつ、しかし夕方になると家の近所のワインディングで、幌を下したMGBを軽く走らせるだけで充分に満足している。20代の頃、ゆっくり走ることとオープンカーを何より嫌っていたのに……。気づけばずいぶんと季節が巡っていたということだろう。

一口に自動車趣味と言っても、車種やヒトの数だけバリエーションがあるし、そこに挑むメンタリティも違う。「MGBを軽く走らせている」と記したボクにも自分なりテーマがある。

今から50年以上も前に設計されたMGBだけれど、気持ちのいいロールスピードの作り方とか、キレイなトラクションのかけ方、シンクロメッシュに頼らない完璧なシフトチェンジといった、クルマと対話しながらお互いの精度を高めていく愉しみには終わりがないのだ。若い頃には気にも留めなかったようなドライビングの細部に拘ることが、今現在の自分にとってのクルマ趣味なのである。

だが結局のところ、季節は巡り続ける。つまりボクがまたサーキットに向かう時が来るのかもしれない。だからこそ、自宅のガレージに今なお古びたレースカーを眠らせているのである。

かつて目の当たりにしたイギリスのヒストリックカー・レースでは、表彰台の面々が全員白髪というのが当たり前だった。自慢のお爺ちゃんの活躍を、子供や孫たちが祝う。これこそ自動車文化が生まれる瞬間だ! と強く思った。狩猟民族の彼らは、歳をとるほどに五感が鋭くなるという話もある。体力が衰えた分を研ぎ澄まされた感覚が補うからこそ、イギリスではジジイがめっぽう速いのだ。

農耕民族である自分に同じことができるか、それはわからない。ただひとつ確かなことは、次にモーターレーシングを再開するとしたら、それは過去の焼き直しではないということ。速いに越したことはないけれど、それよりもクルマとの対話をじっくりと愉しみたい。そう、現在の僕がMGBでそうしているように。

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text:吉田拓生/Takuo Yoshida
1972年生まれのモータリングライター。自動車専門誌に12年在籍した後、2005年にフリーライターとして独立。新旧あらゆるスポーツカーのドライビングインプレッションを得意としている。東京から一時間ほどの海に近い森の中に住み、畑を耕し薪で暖をとるカントリーライフの実践者でもある。

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