イギリスの底力 グッドウッドリバイバル2013

アヘッド  イギリスの底力

歴史を振り返ればわかるように産業革命以降、彼らは鉄道をはじめ様々な技術革新を世界にもたらしてきた。それだけではない。近代民主主義も、資本主義も英国発祥だし、シェイクスピアも、007も、ビートルズも、ローリングストーンズも、ハリーポッターもみんな英国が生み出したものだ。

確かに自動車の世界に関していえば、今や民族資本のメーカーは壊滅状態に等しいが、F1をはじめとするレーシングカー・コンストラクターのほとんどは英国に拠点を構えている。

ではなぜ英国は「歴史と伝統」のイメージが強いのか。それは、新しく生み出されるもの以上に、古く歴史のあるものがこの国に多く残っているからだろう。なんでもスクラップ&ビルドをしてしまう日本に暮らしていると理解しがたいかもしれないが、英国において築200年、400年などという建物もさして珍しくない。

「旧いモノを大切にする」というと、簡単に聞こえるかもしれないが、彼らは自分たちが作り出してきたモノに我々が想像する以上の誇りを持っている。だから一度気に入ったものは、自分の身体に馴染むまで徹底的に手を入れ、自分のモノにする。

それはクルマもバイクもジャケットも靴も変わらない。そして丁寧にかつ徹底的に使い続ける。そこには英国人特有の、頑固で粘り強い気質が、大きく影響しているのだと思う。だからこそ、彼らは旧いものとの付き合い方が、世界中のどの国よりも上手いのかもしれない。

こうした独特の気質は、毎年9月に英国で開催されるヨーロッパ最大級のヒストリックイベントのひとつ〝グッドウッド・リバイバル〟にも見てとれる。このイベントは、ウエスト・サセックス州にあるグッドウッド・エステートと呼ばれる広大な土地の領主、チャールズ・マーチ卿が主催する、今年で16回目を迎えたヒストリック2輪&4輪のレースだ。

グッドウッドといえば、毎年7月に開催される〝フェスティバル・オブ・スピード〟というヒルクライムイベントが有名だが、あちらがマーチ卿の邸宅であるグッドウッド・ハウスの敷地内を使って行われるのに対し、このリバイバルはマーチ卿が所有するサーキットを舞台に開催される。
 
何よりも自らの敷地内で、ヨーロッパ最大級のヒストリックイベントを開催できてしまうというスケールの大きさに圧倒されるが、そのくらいで驚くのはまだ早い。実はリバイバルが開催されるグッドウッド・サーキットは、'66年に閉鎖されて以来当時の姿のまま保存されてきた、サーキット自体がクラシカルという世界でも類をみない存在だ。

もともとこの場所は、マーチ卿の祖父であるフレデリック・リッチモンド公爵が、第二次世界大戦中にナチスの侵略から祖国を守るために英国空軍へと供出した飛行場だった。戦争が終わるとこの場所は再び公爵のもとに返還されるのだが、そこで彼は飛行場をチェスター・グッドウッド空港という民間飛行場として存続させるとともに、その周遊路を利用したサーキットの建設を思いつく。

こうして'48年に誕生したのが、グッドウッド・サーキットだ。なぜ公爵がサーキットを作ろうと思い立ったのか? それは公爵自身が戦前レーシングドライバーとしてブルックランズ・サーキットなどで活躍した経歴を持つエンスージァストであったからだ。
 
こうしてその歴史をスタートさせたグッドウッド・サーキットは、1905年から続く伝統の自動車レース、RAC TTレースの舞台となったほか、9時間耐久レース、さらにF1のノンタイトルレースまで開催されるなど、様々なレースの舞台となった。

しかし、その終焉は意外とあっけなく訪れる。年々厳しくなる安全対策や周辺への騒音問題を受け、公爵は潔くサーキットを閉鎖することを選んだのである。以後、この場所はテストなどに貸し出されることはあったものの荒廃が進み、長らく放置されたままとなっていた。
 
祖父のDNAを引き継いだエンスージァスト、マーチ卿は、'89年に領主の座を継承すると、このサーキットを活用したヒストリックイベントの開催を画策する。しかし、騒音問題が閉鎖理由のひとつという背景もあり、彼のアイデアは当初賛同を得られなかったという。

そこでマーチ卿は、自身の邸宅の私道を使ったヒルクライムを代替案として実施。グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードとして始めたその試みは、今や F1イギリスGPと並ぶ英国最大規模のモーターレーシング・イベントとして成長している。

そしてその成功は住民の気持ちをも動かし、グッドウッド・サーキットを舞台とした念願のヒストリック・レースが'98年から開始されることとなった。

それにあたり、マーチ卿は'66年から放置されていたサーキットを往時の姿にレストアするだけでなく、参加するマシンはもちろんのこと、オフィシャルカー、コースサイドの備品、看板、エントラントやオフィシャルのウェア、出店や屋台、印刷物、そして来場する観客の服装までも'66年以前の雰囲気に統一するという、突拍子もないレギュレーションを考案する。

こうして世界に類をみないヒストリックカー・レース〝グッドウッド・リバイバル・ミーティング〟が誕生した。広大なサーキットの中に一歩足を踏み入れると、そこには半世紀以上前の世界が広がっている。見るもの、触れるもの、出会う人すべてが50年代や60年代のスタイル。

屋台で買うバーガーだって、60年代の新聞紙に包まれて出てくる徹底ぶりだ。ジャケットにタイ、そしてハット(もしくはそれに準じる格好)をしていない限り、パドックに入れてもらえないレースなど、世界中でここしかないだろう。

しかもここに集うクルマやバイクはどれも、有名なヒストリーをもつモータースポーツ史に残る珠玉のマシンばかり。そしてそれを操るレーサーは、スターリング・モスやジョン・サーティース、ジャッキー・スチュワート、デレック・ベル、ジャン・アレジといったレジェンドばかりだ。

さらに世界中の名立たるVIPのほか、ローワン・アトキンソンやニック・メイスンといったショービス界のスターたちも集結する。そして掛け値無しの本気のレースを繰り広げるのだ。

そう聞いて、これを単なる懐古趣味だとか、金持ちの道楽などという意見もあるかもしれない。しかし既存のヒストリックカーイベントとは違い、ハードのみならずソフトもヒストリック一色に染め上げるというグッドウッド・リバイバルの目論みは当たり、その後のル・マン・クラシックやモナコ・ヒストリックといったイベントの誕生に大きな影響を与えた。そしてそれらを含めた成功が、世界のヒストリックカー界に新たなトレンドを作り出しているのもまた、事実なのである。

そう、グッドウッド・リバイバルは、深く偉大な歴史とともに、新しいスタイルを開拓する底知れぬパワーを持つ英国でしか生まれ得ない、孤高のヒストリックイベントなのだ。

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