粋 〜クルマの美学〜

INTERVIEW 岡崎宏司のクルマ美学 〜個人の価値観を貫くダンディズム

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text:まるも亜希子 photo:渕本智信

現代とは異なるクルマの価

数々のメディアで見せている凛々しい表情とは別人かと思うほど、目の前の岡崎さんは穏やかで親しみやすい雰囲気を放っていた。ストライプのシャツにジャケットを合わせた初夏の装いは、ファッション誌でも通用しそうなさわやかさだ。

岡崎さんは現在、76歳。同世代には故 徳大寺有恒氏、故 浮谷東次郎氏、高橋国光氏や生沢 徹氏らがおり、まさに激動の自動車業界を生きてきた世代である。とりわけ岡崎さんの自動車ジャーナリズムは、絶対的な審美眼と豊富な経験に基づく説得力のある描写で、一般ユーザーだけでなく業界内にもファンが多い。

憧れとともに強く影響を受けてきた年下の世代は、クルマに対する趣味趣向のみならず、男たるものかくあるべしといった生き様までも、受け継いでいるように思える。

1940年生まれの岡崎さんが免許を取ったのは、当時最も若い取得可能年齢である16歳の時だった。はじめは父親から譲り受けたブルーバードに乗っていたが、19歳の時に初めて自分で愛車を購入した。それが、当時37万円の中古のルノー・4CVだ。

学生の身分でありながら、今の金銭価値でいえば500万円近い高級車を手に入れたことになる。さらに、23歳の時には104万円のMG|Aを購入。すでに岡崎さんは結婚していたが、昼間は学校へ通いながら、夜はまったくなくなってしまった小遣いを稼ぐために、日比谷にあったフルーツパーラーでアルバイトをする日々だった。

「考えてみれば、おかしなことをしていましたね。結婚してて学校に行っててアルバイトをしている身だというのに、MG|Aに乗っているという。でもそれぐらい、クルマの価値というのは大きかった。そこまでしても、欲しかったということですからね。まわりの連中もけっこうそんな感じでしたよ。みんな、クルマのために必死で見栄を張っていたんです。ただ、104万円もの高額なクルマを、いったいどうやって買ったんだろうと今でも不思議ですけどね」

岡崎さんはそう言ってふわりと微笑む。その表情にはまったく似合わないが、無我夢中と言えるほどクルマにかける情熱の凄さがじわじわと伝わってくる。ただ、クルマなら何でもいいというわけではなかった。デザインはもちろん、氏素性にも惚れ込んだクルマだけが、岡崎さんを突き動かした。

「これはバイクの時からなんですが、自分がきれいだなと思えないバイクには絶対に乗りませんでした。例えばヴィンセント・ブラックシャドウをみんな賞讃してましたけど、僕にはあまり魅力的に映らなかった。僕はもっぱらトライアンフや、アールズフォークのBMW。BMWはとくにR50Sというレアものに惹かれて探しまわりましたが、なんとか手に入れたときは嬉しかったですね」

自分の中に審美眼を持つ

ヴィンセントといえば、バイクにおけるフェラーリのような存在。高級であるかどうかということは、判断基準にまったく関係がなかったのだと岡崎さんは言う。世間の評価がどうかというのも関係ない。ただ、自分が欲しいかどうか。それがクルマを選ぶ基準だった。

「例えば、アメリカに行った時にキャデラックを借りてドライブするといった、その場所の雰囲気を楽しむようなことは好きでした。でも自分のそばに置いておくのは、本当に好きになれるクルマじゃないとね」

実は前述のMGAにもそのこだわりが注がれている。通常、人気があるのはMkⅡというモデルだが、岡崎さんが惚れ込んだのは初期モデルのMkⅠと呼ばれるモデルだった。

「MkⅡの1600㏄になれば、非力なエンジンは大幅に改良されて、パワーも18馬力ほど引き上げられています。かなり速くなりました。でも、僕はどうしてもMkⅠがほしかったんです。なぜなら、まずは小さな縦型テールランプが美しかったし、フロントグリルがボンネットからきれいに伸びた素直なデザインだったのも好きでした。これがMkⅡになると、テールランプは横型になり、グリルは少しデコラティブに変わりましたが、僕にはその変更が美しく見えなかったんです。走りはダメでしたけど、躊躇なく美しさでMkⅠを選びました」

世間の評価でもない、価格の高い安いでもない、他人にはわからない自分だけのこだわり。買うために見栄は張っても、クルマを見栄で選ぶことはなく、あくまで自分の中で最高のものを選ぶ。

これは誰にでもできそうで、なかなかできることではない。時には、チープなものでも気に入れば大切に愛用し続けることもあり、本当に惚れ込めば高額なものでも死に物狂いで手に入れる。こうした、好きなものに真っ直ぐであり続けたことが、岡崎さんの中に強固でブレない核をつくったように思える。

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▶︎同じ1940年生まれである片岡義男氏の小説が好きだという。特にアメリカを舞台にした物語がお気に入りで、若い頃に旅したアメリカの思い出が蘇ってくるとのこと。

経験から生まれてきた選択基準

とはいえ、時代は1964年の東京オリンピックに向けてすべてが上り調子で、その後の高度経済成長期に突入していく急流の最中。みんなと同じものを良しとし、世間がものの価値を決めていた時代である。そんな中で、岡崎さんはどうやってそのブレない核を形成し、保ってきたのだろうか。

「ひとつは僕の青春期っていうのは、アメリカの価値観一色だったんですね。中学に入るころから、雑誌もアメリカのグラフ誌を買ってきて、英語も読めないのに無理やり読む、なんてことをやっていました。だから、片岡義男さんの小説は、日本語で読めるアメリカそのもので、好きでよく読んでいましたね。そうしては、時間とお金ができればアメリカへ行って、小説の世界っぽいことを味わってくるというのを繰り返していたんです。初期の小説に出てくるシーンというのは、たいてい身に覚えがありますよ」

岡崎さんが初めてアメリカに行ったのは、1964年のことだった。世界一周分の航空チケットと500ドルを持って、ニューヨーク、ロサンゼルス、そしてヨーロッパをまわる、目的のない旅だったという。ところがその旅では、やたら友達がたくさんでき、連日連夜パーティに興じては友達の家を泊まり歩くという、刺激的な毎日が待っていた。

その後も岡崎さんは何度となくアメリカを訪れ、1人でトラックに乗って走りまわり、夜は荷台で星空を眺めるといった旅を繰り返した。そんな旅をしていれば、想定外のトラブルに対処しなければならないことも、一度や二度ではなかったはずだ。

こうした体験は、岡崎さんを人間としてもジャーナリストとしても、大きく豊かに、そしてタフにしたことは間違いない。岡崎さんが包み込んでいる核は、先入観や常識にとらわれず、自らの身を投じて得たものだけで造られている。誰かの受け売りで発言することや、何かを選ぶことがない。だからこそ、それは決してブレないのだ。

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▶︎家族の前でもパジャマ姿を見せない、クルマの中で食べ物を食べないなど、常に自分を律している。しかし反面、アイフォンを自在に操り、フールーで映画を観るなど、自称“新しいもの好き”でもある。F1中継は深夜であっても基本的にオンエアで観戦するという。

徳大寺有恒のダンディズムを実践した生き方

しかしその堅さを、他人に押し付けたりはしないところが岡崎さんの粋な魅力である。共著で本を出したこともある故 徳大寺有恒氏ら、仲が良かった友人たちとのエピソードからも、それを窺い知ることができる。

「徳さんは本当に自由奔放に、フェラーリでもロールスロイスでも、美しいと思ったクルマたちを手に入れる人でした。僕たちの価値観はほとんど一緒で、徳さんが好きなもので僕が嫌いだというものはひとつもなかった。ただ、それを自分のそばに置くか置かないか。僕はフェラーリに乗った自分が周りにどう見られるのかを想像して、恥ずかしくなって乗れない。洋服にしても、僕はキメすぎるのが照れくさかったけど、徳さんはそれをストレートに身につける人でしたね」

「浮谷とは、よく鈴鹿サーキットに自走で練習に通っていました。ある時、浮谷がトヨタから借りたマシンの隣りに乗って行ったら、箱根でスピンをやらかしてね。降りてマシンをぐるっとひと周りして、なんかおかしいな、なんだろうと思ってもう一度よく見たら、ナンバープレートがついてないんですよ。まぁ、お咎めなしで鈴鹿に着きましたけど、いくらなんでもねぇ。でも浮谷のそういうところが、カッコ良かったんです」

自分にはできないことをやってのける友人に、温かい目を向け面白がり、認め合う。もしかしたら、気恥ずかしくて自分には無理だといいながらも、徳大寺氏が語ってきたダンディズムを、いちばん忠実に実践してきたのが岡崎さんなのかもしれない。

自分の中に強固な核を形成しながら、それで人を攻撃することのないよう、常に核のまわりは柔らかなままでいる。そしてここぞという場面では、一気に情熱をあふれさせるのが岡崎さんだと感じた。時代が移り変わっても、それを拒絶するわけでも流されるわけでもなく、今も輝き続けている岡崎さんの生き様に、誰もがもう一度心に刻むべき美学を感じずにはいられない。

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岡崎宏司/Koji Okazaki
1940年東京生まれ。日本大学芸術学部在学中から国内ラリーに参戦。卒業後は自動車雑誌の編集者となる。後に自動車評論家として独立。現在もモータージャーナリズムの第一線で活躍している。


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text:まるも亜希子/Akiko Marumo
エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集者を経て、カーライフジャーナリストとして独立。ファミリーや女性に対するクルマの魅力解説には定評があり、雑誌やWeb、トークショーなど幅広い分野で活躍中。国際ラリーや国内耐久レースなどモータースポーツにも参戦している。

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