今の時代にクルマを選ぶということ

複雑すぎる日本のクルマ市場

アヘッド 今の時代

日本ほど品揃えが豊富な国はない。スナック菓子やインスタントラーメンのフレーバー、スーパーマーケットに並んでいる魚の種類、焼き肉屋のメニューに並ぶ数々の稀少部位、コスメ、文房具、家電、スマホ、カメラ…。雑誌だってそうだ。大型書店に行くと、見たこともない雑誌の数に驚かされる。いったいどうやって商業ベースにのせているのだろうかと、こちらが心配してしまうほどである。

ユーザーの多様化、企業間での激しい競争、移り気な消費者など、日本の品揃えの多さを説明する理由はいろいろある。しかしその背景にある根本的な理由は、日本人がもつ「お客様は神様」という理念だろう。これがいいんだと作り手側の価値観を押しつけるのではなく、求める人が一人でもいればそこに果敢に切り込んでいく。結果、店頭には数え切れないほど多種多様な商品が並ぶことになる。と同時に、他社が成功すればすかさず追随するというマメさというか節操のなさというか、そういう特質も、商品バリエーションの多さに拍車を加える。

クルマの世界にも同じことが言える。自国内に8社もの乗用車メーカーが乱立する国など他になく、しかもそれぞれが多種多様なモデルを展開。試しに現時点で販売されている車種を数えはじめてみたものの、トヨタと日産だけで100車種を超えることがわかった時点で諦めた。そこに韓国メーカーを除く世界の主要メーカーが加わるのだから、この国では軽自動車から超高級車まで、ありとあらゆる種類のクルマが手に入るわけだ。

自分に合ったクルマを選べる可能性が高くなるという意味で、選択肢の広さは歓迎すべきことだ。しかしあまりにも数が多くなると、逆に選択する意欲が萎えてしまうのもまた現実だろう。

先日、仕事帰りに西麻布にオープンしたばかりのカフェに立ち寄った。軽井沢に本店を構えるこの店はコーヒーに対する強いこだわりがウリなのだが、メニューの多さには面食らった。なにしろ多種多彩な豆や、複数の抽出方法などをあわせると選択肢は悠に60種を超える。コーヒーは好きだが、かといってマニアでもない僕にとって、聞き覚えのない抽出方法や豆が羅列されたメニューの中から一杯を選び出すのは実に困難な作業だった。結局、店員が勧める「西麻布ブレンド」なるものにしてそれなりに満足したのだが、もしかしたらもっと好みに合うコーヒーがあったかもしれない。まあ、一杯数百円のコーヒーなら何度でも挑戦できるけれど、どんなに安くても100万円。場合によっては500万円オーバー。いったん買ったら数年は付き合う高価な耐久消費財=クルマの場合、そういうわけにはいかない。ならばどうすればいいのか?

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車種だけでも数え切れないほどあるというのに、ハイブリッド、アトキンソンサイクル、ダウンサイジングターボ、ディーゼルなどなど、最近はエンジンだけでもやたらと種類が多い。トランスミッションにしても、従来のMTvsATの二択にとどまらず、ATひとつとってもトルコン式AT、CVT、デュアルクラッチ式にシングルクラッチ式といったさまざまなタイプがある。いったいなにを選べばいいのか、分からなくなるのも無理はない。

詳しくは後述するが、僕はクルマ選びをするとき、数字ではなくフィーリングを重視する。というか、25年間にわたり年間200台以上のクルマに試乗してきた結果、自然にそうなった。けれど日常的に新車を試乗している人などよほどのマニア以外にはいない。買い換えの際、せいぜい数台に試乗してみるのが普通だろう。それどころか、販売店の人に聞くと、ロクに試乗もしないで購入を決める人が増えてきているという。もちろん、クルマそのものに対する興味の喪失も背景にあるだろうが、あまりの選択肢の多さが「自らの意思で選択する」という意欲を失わせる一因になっているのもたしかだろう。

選択する意思や意欲をなくしたとき、人はどんな購買行動に出るのか。さすがに「走ればなんだっていい」というレベルまで思考停止する人は少ない(しかし確実に増えてきているように見える)が、自分の価値観よりも、世間の評価やセールスマンのオススメ度、メーカーの知名度とそれに伴う安心感といった部分を重視する傾向が強まるように見える。

クルマを通して日常を楽しくするとか、非日常を味わうとか、そういう煩悩がないのならそれでもいい。大手国産メーカーの豊富なラインアップの中から、予算や用途に合うものを選んでおけば、まずもって向こう何年間か嫌な思いをすることはないだろう。

ここで語るべきは、おそらく大多数を占めるであろう、そこまで醒めてはいない人たちのクルマ選びだ。漠然と、いいクルマが欲しい、人と違う選択をしたいと思ってはいるものの、だったらどうすればいいのか具体的なアイディアが浮かばない。

そんな人たちが陥りやすい最大の罠がスペックだ。価格という数字にこだわるのは当然としても、排気量、最高出力、カタログ燃費、室内長、室内高といった、無味乾燥な数字に囚われる人のなんと多いことか。なぜか。数字はもっとも明快かつわかりやすいモノサシになり得るからだ。なかでも最近はエコカー減税の有無やカタログ燃費で絞り込む人が多い。A車とB車で迷ったら、わずかでもいいから燃費のいい方を選ぶというマインドである。となれば当然、カタログ燃費に滅法強い(実燃費との乖離率は大きい)ハイブリッドが注目を集めることになる。もうひとつが室内の広さ。同じ値段なら少しでも室内の広いクルマのほうが快適だろうという思い込みが、多くの人のクルマ選びに大きな影響を与えている。

カタログ燃費と室内の広さ。クルマ好きからしたら「まさか?」と思うかもしれないが、2013年の車名別販売ランキングベスト10を眺めれば、この2点がクルマ選びの2大ポイントになっていることがよくわかる。上から順にアクア、プリウス、N-BOX、ムーヴ、フィット、タント、ワゴンR、ミラ、ノート、デイズ。カタログ燃費と室内の広さをアピールしたクルマで埋め尽くされている。

正直、つまらないなぁと思う。が、もう少し突っ込んだ考察をすると興味深い事実が見えてくる。経済性を重視するなら、よほど走行距離の多い人でなければハイブリッドは割に合わない。ベスト10のうち実に6台を占める軽自動車にしても、どだい4人しか乗れないのに高い値段を払ってトールタイプを選んでいる人が多い。そう、必ずしも経済性だけでなく、みなさん自分なりにこだわって選んでいるのだ。ただ、あまりに選択肢が多いため、こだわりのポイントが燃費と広さという分かりやすい部分に偏ってしまっているだけなのかもしれない。

けれど、繰り返すが、クルマはどんなに安くても100万円。場合によっては500万円オーバー。いったん買ったら数年は付き合う、住宅の次に値の張る商品だ。何を選択するかによって数年間の「心持ち」は大きく変わる。まずはこの現実を直視することが、正しいクルマ選びの出発点となるはずだ。その上で、やっぱり自分に特別なこだわりはないというなら、自分の使い方にあわせてもっとも経済的なクルマを選ぶのが正解だ。実燃費がアクアを凌ぐ25㎞/ℓ程度に達するのに100万円で買えるアルトエコが、ほとんどの非コダワリ派にとっての最適解となるだろう。でもそれじゃあ面白くないよねということであれば、ものは試しに燃費と広さ以外の部分に注目してみてどうだろうか? いやいや、決してハードルは高くない。こだわりのポイントをこれまでとちょっと違う方向に向ければいいだけの話だ。

クルマ選びをするとき、僕が重視するのは「フィーリング」だと冒頭で書いた。どういうことかというと、国籍、動力性能、ボディのタイプやサイズ、燃費(極端に悪くなければいい)、ハイブリッドかどうか、ターボか自然吸気か、ATかMTかなどはほとんど重視しない。速くなくても、足が硬くても柔らかくても、音がうるさくても、トータルとして楽しく気持ちよく走れればいい。それが、ドイツ車からイタリア車にいったかと思えば、スポーツカーからコンパクトカーにいくという、一見節操のないクルマ選びをしてきた僕のポリシーだ。もちろん買える範囲の価格でという制約はあるが、新車という制約を外せば枠は格段に拡がる。その上で、絶対に譲れないこだわりとして持ち続けてきたのは、そのクルマのことを好きになれること。極端な話、たとえ欠点だらけでも一部分を深く愛せるなら買う価値はあると思っている。この部分こそが、多くの人のクルマ選びにもっとも欠けているものではないだろうか。

自分に似合うのか? なんて考えなくてもいい。手に入れてからクルマに似合うよう自分を変えていけばいいのだから。自分にとって便利なのか? 便利さだけがクルマの魅力じゃないですよ。そんなことよりなにより、ともに過ごす数年間、自分の気持ちをいかに上げてくれるのかを重視することの方が、よほど幸せで有意義なクルマ選びができると断言しておく。そしてそのためのお手伝いこそが、われわれ自動車メディアの存在意義なのだ。

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岡崎五朗/Goro Okazaki
1966年生まれ。モータージャーナリスト。青山学院大学理工学部に在学中から執筆活動を開始し、数多くの雑誌やウェブサイトなどで活躍。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』に出演中。


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