夜ドラ

アヘッド 夜ドラ

缶コーヒーとサザンと私

アヘッド 夜ドラ

text:まるも亜希子

なにも見えないのが夜だなんて嘘だ。そう教えてくれたのが、数えきれないほどの夜ドライブだった。

大きな月の灯に映し出されて、グレーのスクリーンに流れていく雲がこんなにも幻想的だということ。その灯が山並みに隠れた瞬間、うわっといっせいに輝きだす星たち。人の姿なんてないのに、その存在を伝えてくれるのが家々の明かりなのだということを知ったのも、いつもはふざけあっている友だちが、ふと見せる淋しげな横顔に動揺したのも夜のドライブだった。

たいていは、目的地なんて決めずになんとなく走り出す。お金はなくても時間だけはたっぷりある大学生だったから、高速のインターチェンジをくぐることもなく、のんびりと一般道をいくことが多かった。スタバなんてまだなくて、ドリンクホルダーにはコンビニで買った缶コーヒーが定番だ。運転席の後ろのほうからバタバタとエンジン音が響いてくる、自分と同い年くらいのVWビートルは、太陽の下でドライブするのとは違って、街灯りのおかげでちょっとビンテージっぽく艶めいている。CDをかけると、開け放した窓から飛び込んでくる街の喧噪と混ざりあって、ひとりの時も、誰かと一緒の時も、それだけで特別な空間にしてくれるのだった。

街を抜け出して、窓の外に灯が少なくなってくると、だんだんと心の中に溜め込んだものたちが、流れでていくようだった。誰ともなくポツリポツリと、そんな心の中を語りだす。地元でよく出かけた場所のこと。出会った人たち、サヨナラした人たちのこと。あの時の選択が、正しかったのかどうか。そしてこれから、自分はどこへ向かっていくのか。みんな、前だったり横だったり思い思いの方を向いて、音楽を口ずさんだり目を閉じたり、好きなことをしている。でもそれが、話す方も聞く方も、重くなりすぎずにちょうどいい心地よさだ。

時には、たまたま通りかかった土手の小道をおりていって河原でひと休みしたり、誰かが「お腹すいた」とファミレスに入ったり。ラジオからサザンオールスターズが流れてきて、「今から江の島行こう!」と盛り上がって日の出を見て帰ってきたこともあったっけ。そんな夜ドライブをひとつ終えるごとに、私たちはちょっとだけ相手の心に近づいて、寄り添えるようになっていった。昼間、学校やバイト先で顔を合わせているだけでは見えなかった、人としての内側の部分や覆われていた部分を、夜がじんわりとあぶり出してくれたのかもしれない。そのおかげなのか、今は長いこと会っていなくても、どこかでみんなと通じ合っている気がする。

ひとりで出かける夜のドライブは、ちょっと疲れた心を抱えている時だ。こういう時は、迷わず高速道路に向かう。誰にも話せない、どうにもならない気持ちがアクセルを踏みつける。スピードメーターの針があがって、一定の位置に落ち着くと、心の波もだんだんと穏やかになっていく。

規則正しくコツンコツンと繰り返される路面の継ぎ目や、窓にひと筋の線をにじませながら、一定間隔で飛び去っていく街灯。そうしたものたちが、幼い頃、寝る間際にトントンと背中を叩いてくれた母の手のように、心のざわめきを鎮めていってくれるようだ。ふいに光がぼやけて見えて、自分が泣いていることに気づく。そのまま涙があふれたって、誰もが前を向いて走り過ぎるこの場所なら、なにも都合の悪いことはない。気の済むまで走って走って、心の水面が平均値に戻るまで、夜とクルマと高速道路はいつでも私を受け入れてくれた。

思えば人生の大きな決断はいつも、こうした夜のドライブで決めてきたような気がする。太陽が隠れた世界は、決してなにも見えない闇じゃない。見よう見ようとじっと目を凝らしても普段は見ることのできない、いろいろなものを夜は五感で感じさせてくれるのだ。

私はこれからも、大切な人ともっと深く寄り添うために、そして自分自身の心を見つめるために、夜な夜なステアリングを握ることだろう。

------------------------------------------------
text:まるも亜希子/Akiko Marumo
エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集者を経て、カーライフジャーナリストとして独立。
ファミリーや女性に対するクルマの魅力解説には定評があり、雑誌やWeb、トークショーなど幅広い分野で活躍中。国際ラリーや国内耐久レースなどモータースポーツにも参戦している。

次ページ暖色の夜空に向かって

この記事をシェアする

最新記事

     
アヘッド Car & Motorcycle Magagine ahead archives