ジャンルを飛び越えろ

アヘッド ジャンルを飛び越えろ

十把一絡げの終焉

アヘッド ジャンルを飛び越えろ

text:小沢コージ

最近つくづく思うのだが、人は同じモノを見ているようでまったく同じように見ていない。例えば芸能人。

キムタクを1人取っても「カッコいい」という人もいれば「ナルシスト」と思う人もいるし「痛い」と感じる人もいる。某ハンバーガーに関しても、「ウマい」という人もいれば「身体に悪いから食べない」という人もいるし、「高い」とか「安い」といった値段のことを言い出す人もいる。一見、同じものを同じように見ていても、人々の意識の奥にある認識は驚くほど異なる。

だから絵画などは、ピカソもいれば、マティスやシャガール、葛飾北斎などいろいろな才能が存在してきたのだ。おそらく昔からそうだったのだろうが、最近はアウトプットに変化が生じている。特にインターネットを通じて不特定多数の声が聞こえるようになって、全てが露わになってきたように思う。ひとつの現象に対して、いろんな解釈をする人がいて、しかもそれぞれが不思議なパワーを持っているのだ。

なにしろ昔は中国は優しい国であり、北朝鮮も素晴らしい国という認識すらあったのだ。同様にメルセデスに乗っている人はお堅い原理主義者であり、BMWはちょっとミーハー、シトロエンは変わり者だったはずが、実はそうでもないこともわかってきた。かつて人々は持ち物や趣味、行く店などで単純に「この人はこういう人!」と十把一絡げで判断されていたが、インターネットの普及でそれが意味をなさなくなってきている。

ポルシェ911に乗っていて走り好きじゃないっておかしい気もするが、カタチだけを気に入って買った人もいるだろうし、軽自動車に乗っている大金持ちもいる。ファミリー向けに作られたダイハツ・タントに乗っている独身男性だってかなりいるはずだ。

要するに、その人が持っているモノや行動、肩書きなどではなく、「感じ方」であり「主義主張」であり「プライオリティ」であり「体質」。大切なのは外面以上に内面であり、感性なのである。

今後のブランディングやモノ作り、嗜好品ビジネスはそういう要素が大切になってくると思う。そのひとつがインターネットの検索連動型広告だ。ユーザーが打ち込んだ「言葉」、つまり検索ワードに連動するカタチでいろんな広告が登場してくる。そしてその言葉こそが、今後の新ジャンルになり、フレームになっていくのかもしれない。

話は変わるが、知的興奮を必要とする職業の人ほど辛いモノが好きという説があって、私の知るゲームプログラマーや大学教授はたいていがその傾向にある。また、女性はなぜか高学歴に飲み助が多い。これは自分の周囲だけの狭い話なので、もっと多くのデータを集めないと真実は分からないが、今後は、このような能動的と言えるジャンルが必要になる気がする。

また、よく言われることだが、男女ともに伴侶に求める条件として「笑いのツボが合う人」や「金銭感覚が同じ」、「一緒にいて疲れない」などがある意味でジャンルとも言えるではないか。そこにカテゴライズされた「何々を持ってる人」、「東大出身」というようなことは入ってこない。結局は昔から言われていることに戻っていくのかもしれない。見た目や肩書きだけでは人は判断できないと。とはいえジャンル分けは、永遠に終わらない人間の嗜好なのだろう。

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text:小沢コージ/Koji Ozawa
雑誌、ウェブ、ラジオなどで活躍中の “バラエティ自動車ジャーナリスト”。自動車メーカーを経て二玄社に入社、『NAVI』の編集に携わる。現在は『ベストカー』『日経トレンディネット』などに連載を持つ。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、トヨタ iQなど。

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