今、私が伝えたいこと

マン島TTレースの存在する意義

アヘッド 今、私がしたいこと

text:小林ゆき


マン島TTレース。現存する世界最古のオートバイのレースとして知られるとともに、世界でもっとも危険なスポーツと呼ばれることも多い。だが、本当にTTは世界一危険なスポーツなのだろうか。死という側面だけをクローズアップされすぎてやしないか。

TTは112年前から変わらず公道でレースを行ない、これまで同じコースを使う別イベントも含めて248人のライダーが亡くなっている。数字だけを見ると多いように感じるかもしれないが、他のサーキットではどうだろう?他のスポーツにおける死者数はどうだろうか?

TTにおける各種データは、非常に細かいところまで整理され公表されている。それは、マン島の歴史的成り立ちにも関係している。マン島はイギリス属領ではなく独立した地域で、リベラルなお国柄が特徴だ。

千年以上の歴史がある世界最古の近代的民主主義議会「ティンワルド」発祥の地でもあるこの島では、全ての議論が文章で保存され公開される。マン島の法律で開催が施行されるTTも同様に各種データが公開される。

片や、日本でも海外でも、TT並みにデータの蓄積がある事例は少ない。TTは情報が公開されているがゆえに、事故死者数の数字だけがセンセーショナルに扱われてしまっている感がある。

とはいえ、TTでは毎年のように死者が出ているのも事実。にも関わらず長く歴史が続いているのはなぜか。それを繙くには、TTの発祥にまでさかのぼらなくてはならない。

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そもそもTTは、大陸での国際レースで勝てなかったイギリスの自動車連盟が、レース開催が難しかったグレートブリテン島以外でテストの場所を求めたことと、観光振興の目玉が欲しかったマン島政府の思惑が一致して始まった。

メーカーにとっては〝走る実験場〟、マン島政府にとっては観光振興による経済的メリットがあった。それだけではない。TTを取り巻く人びとに愛されて支えられてきたのは、TTを支える人までをもリスペクトする文化、そしてTTが時代に合わせてさまざまなチャレンジを続けてきたことにある。

60㎞もの道路を閉鎖して行なう公道レースという性質上、コースマーシャルの存在は欠かせない。初期のTTは、チームワークを期待されて海軍予備兵や地元の炭鉱夫、農民などに依頼したという。

ボランティアであるマーシャルは、長年の活動に対して大英国勲章が授与される例もある。マーシャル活動は大規模な国際レースを支えているという誇りに、そして地元民にとってのアイデンティティとなっていった。

TTは歴史が長いから伝統を守る保守的なレース、クラシックバイクのレースだという誤解も多い。しかし、TTは先進的なレースであるようチャレンジを続けている。

そもそも公道用マシンの信頼性のテストという意味を持たせて始まったTTは、第二次世界大戦後には第一回目の世界グランプリの地として復活した。世界最高峰のマシンが公道レースを走るということは、マン島だけでなく他の公道サーキットでもスピードと安全対策の意味で問題となっていった。

かくして、70年代には公道サーキットが世界GPの場から外されたわけだが、TTで何も対策がされなかったわけではない。バイクで走りながらコースを見守るトラベリング・マーシャル、モータースポーツに特化した救急組織の結成、コース改修やクラッシュパッドの設置、緊急時連絡方法の進化と訓練……。

また、現在は一般社会でも普及している救急ドクターヘリを世界で初めて採用したのは、TTであった。

現在はTT100周年を機に原点に立ち返り、スーパーバイクなど市販車改造クラスのカテゴリーで構成されているが、サイドカーや50㏄、近年では4サイクル単気筒や650㏄2気筒のクラスなど、常に話題のカテゴリーを取り入れてきた。

最近では、2010年から始まったTT–Zeroクラスが注目に値する。排出ガスゼロを目的としたこのクラスは、クリーンエネルギー政策の目玉という役割も持っている。ここに日本から挑んでいるのがTEAM無限の電動バイクレーサー神電だ。大手二輪メーカーではなく四輪レースチームがいちから作った神電は今年参戦5年目となる。昨年、一昨年はワンツーフィニッシュで2連覇を成し遂げている。

モータースポーツの本質は、人間の能力を遥かに上回るマシンを、人間の知恵と運動能力と、反応でコントロールし〝管理された危険〟に挑むことであろう。そこに人は畏怖の念を抱き、スリルを味わい、そこに挑む選手の勇気を讃える。

TTで発生する死は、決して美化されたりはしない。蓄積されてゆく数字として扱われるのでもない。一人ひとりの死を皆が悼み悲しみ、他方、事故を分析して防止へとつなげてゆく。TTは決してゴーラーが言うところの〝死のポルノグラフィー〟ではないのだ。

さまざまな側面を含むマン島TTレースは、モータリゼーション社会に対する壮大なる挑戦のように思えてならない。

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text:小林ゆき/Yuki Kobayashi
オートバイ雑誌の編集者を経て1998年に独立。現在はフリーランスライター、ライディングスクール講師など幅広く活躍するほか、世界最古の公道オートバイレース・マン島TTレースへは1996年から通い続け、文化人類学の研究テーマにもするなどライフワークとして取り組んでいる。

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