クルマやバイクのテイストとは何か

SRのテイストは、時の積み重ねが育んできた

アヘッド SRのテイスト

text:伊丹孝裕

「SRやSRのパーツのことならいくらでも話ができるんですけどね。テイストとは…ですか。テイストねぇ…」その人は少し困ったように答えを探していた。「それを言葉にするのはとても難しいのですが、エンジン形式やそのフィーリングに宿るものではなく、時間の積み重ねがそれに当たるのかもしれません。必ずしも古いモノがいいという意味ではありませんよ。あえて言うならそこに掛けられた手間やこだわりを感じられるかどうか。なにか決まった定義があるわけでもないので、人それぞれの心に左右されるものじゃないでしょうか」と、しばし思いを巡らせた後、そんな風に言葉を選びながら繋げてくれた。

弾けるようなシングルエンジンのサウンドやその時に体へ伝わるバイブレーション。そんなライブ感のある言葉がとめどなく溢れてくるのかと思ったが、そうではなかった。その人はチューナーではないからだろうか。あるいは力強さをみなぎらせるブリティッシュバイクの造形や流麗なカウルを纏うイタリアンバイクのフォルムにそれを感じているのかと思ったがそれとも違っていた。その人はデザイナーではないからだろうか。

「僕の肩書きですか? なんにもないですよ。要するにたいした者ではないってことです。それなのにこうしてお店をやっていられるのはここが御殿場だからでしょう。この土地には看板なんか掲げていなくても素晴らしい技術を持った職人さんがたくさんいて、そういう方々に支えられて今まで続けてこられたんです。僕ひとりではなにもできないんですから、本当に」

その人の名は荒木康晴さんという。ヤマハSR専門のカスタムショップとして知られる『カスタムハウス・スティンキー』の代表である。スティンキーが一風変わっているのは、SRそのものを販売せずに、シートやタンクを始めとする様々なカスタムパーツの開発と製作に徹してきたことだろう。とはいえ、単にそれらを売っているだけでもない。ユーザーの要望に合わせてパーツをあつらえ、装着し、それぞれが頭に描く理想のスタイルへとSRを創り変えていく、そのプロセスを徹底してサポートするのが現在のスタイルである。さしずめ荒木さんはそのための「SRコーディネーター」だ。肩書きを例えるならそんな役割かもしれない。

アヘッド SRのテイスト

日本のレース最前線のひとつ、富士スピードウェイを臨む御殿場は、古くから内燃機関連の加工業社はもちろん、鉄やアルミ、FRP、カーボンといった素材を加工し、パーツだけに留まらずレーシングカーまでもを生み出すガレージが数多く点在する。仕事の質の高さと早さでも知られ、鈴鹿に並びモータースポーツにおける日本屈指の職人地帯として築かれてきた。当初は東京でお店を構えていた荒木さんだが、縁あって御殿場へ移転、この土地でカスタムの幅を広げてきたのである。

荒木さんに大きな転機が訪れたのはスティンキーの設立から8年ほど経った'91年のこと。「東京モーターサイクルショー」のために創り上げたオリジナルモデル「grandioso」(今号表紙)がきっかけになった。

「19歳の時に手に入れた自分のSRをベースに、〝これからはSR一本でやっていく!〟という決意を込めて作ったショーモデルでした。とはいえ僕のブースの周りはその世界ですでにメジャーになっていた方々ばかり。緊張と恥ずかしさでいっぱいだったことを覚えています」

グランディオーソとは「雄大に」、あるいは「堂々と」という意味を持つ音楽用語のひとつだ。荒木さんの心とは裏腹に、檜舞台に飾られたグランディオーソはそのネーミングにふさわしい存在感で注目を集め、その後すぐに専門誌の特集などに取り上げられたことも手伝って、 『カスタムハウススティンキー』の名も急速に広まっていったのである。そんなグランディオーソにはブリティッシュにもイタリアンにもない繊細さがあった。

フレームやフォーク、アルミタンクには微妙な頃合いの赤「ペルシアンレッドパール」が調合され、マグネシウムを連想させる藁色のトップブリッジやサンドブラストで艶を廃されたエンジン、当時極めて珍しかったブラックリムやカーボン製リヤフェンダーの色合いがそれを効果的に引き立てていた。細部に目をやるとバードケージを思わせる華奢なステーを介してヘッドライトとメーターが備えられ、それと並ぶようにほどよい高さでハンドルをクリップオンしている。

また、シートカウル後端がリヤアクスルの真上でフィニッシュするようにスイングアームとの位置関係が計られるなど、どれもこれもが絶妙な距離感に配されているのだ。捨てるところ、立たせるところ、隠すところ、見せるところ…ともかく、そうしたあらゆる部分の塩梅が見事なのである。

「塩梅仕事」。これは荒木さんが会話の中で何気なく発したものだったが、スティンキーのSRを言い表すのにこれほど最適な言葉もない。同じに見えるパーツの造形もひとつひとつが微妙に異なる手工芸品を見ているようだ。

「シートの造り方ひとつ取ってもいわゆるワンオフの造り方しているので、一般的に流通している商品よりも製作に時間が掛かっていると思います。SRは、昔のレーシングバイクをモチーフにしてマチレス風とかMVアグスタ風にスタイルを変えていくのも楽しみ方のひとつですが、本物と同じカタチや大きさでパーツを造っても、そのままくっつけると、どこか違和感があるものなんです。それを少しずつ馴染ませ、同調させていくのが勘どころ。なにかに似せたり、なにかを換えていることをことさらアピールするのではなく、最初からそうだったように仕上げる。それを常に意識しています」

磨き込まれていつの間にか艶が出てきたことと、何らかの加工を施してピカピカになっていることとは違う。使い込まれていつしか丸みを帯びたことと、機械で角を丸めたこととは違う。そういうパーツひとつひとつの馴染み感がスティンキーの製作するSRには存在している。バイクから発する空気感が単なるSRのカスタムではなく、オリジナルバイクに見せているのだ。そしてそのテイストを醸し出すのに技術やセンスと同じくらい重要なのが時間の経過なのである。

「グランディオーソを造って四半世紀近くが経ったわけですが、見れば見るほど稚拙さが目につきます。〝今ならこうするのに〟とか〝あの時もっとこうすればよかった〟と思う部分がたくさんあって、でもそのままにしています。塗装が少々剥がれてきているところも、少々サビが出てきているところもそのままなんです。今ならクレームになりそうな鋳造品ならではの鋳巣もそのまま。それもこれも含めて風合いかな、と思えるようになってきました。あの頃、自分なりに込めたこだわりに年月が加わり、これはこれでひとつの味わいかもしれない。最近ではそんな風に受け入れられるようになってきたんです」

そのままという言葉が、決してほったらかしという意味と同義でないことは車両を見ればよく分かる。なにせそこに装着されているエイボン製のタイヤ、スーパーベノムまでもが当時のままだというのにトレッドにもサイドウォールにもヒビ割れひとつ入っていないのだ。そのままを維持するために、どれほどの手間を掛けてきたのか。テイストには時間の積み重ねが必要だと語る荒木さんの言葉がより一層実感できる。
「でも、それをなにより理解し、実践してくれているのは、他ならぬヤマハさんじゃないですか。なにせ37年前に発売したバイクを今も造っているんですから。1台のモデルをこれほど長く引き継ぎ、守ってくれていることに感謝したいです」

ネットを通して見ているだけでは分からない手触りや温かみがスティンキーにはある。荒木さんは、それを感じてもらい、理想のSRを語ってもらいたいと言う。テイストが時間の積み重ねによって育まれるのなら、その会話からテイスト作りは始まる。テイストはモノをただ継承するだけでは生まれない。人の理想が生み出すものだからだ。

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text:伊丹孝裕/Takahiro Itami
1971年生まれ。二輪専門誌『クラブマン』の編集長を務めた後にフリーランスのモーターサイクルジャーナリストへ転向。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク、鈴鹿八耐を始めとする国内外のレースに参戦してきた。国際A級ライダー。

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