クルマと橋と道

クルマと橋と道

アヘッド 橋

photo:長谷川徹


大昔、橋を渡るという行為には勇気と緊張が強いられ、期待と夢に胸を膨らませたことだろう。それでも、それがどんなに困難であろうとも、人は橋を架けずにはいられない。

橋によって、谷を遥かに見渡し、海を越えて、クルマでいとも簡単に境界をまたぐことができるようになったけれど、たまには橋について思いを巡らせてみるのもいい。

心で超えるブルックリン橋

アヘッド 橋

text:山下敦史


「ブルックリンだからってそうケイベツするな。地獄じゃない」
「マンハッタンとは違うわ。川ひとつで人まで違うのよ」

東日本大震災の時、僕の住む千葉県浦安市では例の計画停電が行なわれた。信号すら消えた暗闇の町で、橋ひとつ隔てた江戸川区には煌々と灯りがともっていた。東京23区は計画停電の対象外だったのだ。被災地の困難を思えば贅沢な話なんだけどさ、輝く橋の向こうを複雑な想いで見ていたものだ。

見えない未知の世界へつながるトンネルに対し、橋は、見えるけれども届かない場所、ステージの違いの象徴だ。

冒頭の引用は、古い映画だけど「サタデー・ナイト・フィーバー」の一場面。ニューヨークの下町ブルックリンに暮らす主人公は、アッパー志向のヒロインをダンス大会のパートナーに誘い、住む世界が違うと拒絶される。

ジョン・トラボルタ演じる主人公は自分のクルマも持てない青年で、週末に友人のおんぼろキャデラックでディスコへ繰り出し、ダンスキングとしてもてはやされる時だけが輝く時間なのだ。

彼はブルックリンから〝上〟へ向かう橋、ヴェラザノ橋やブルックリン橋を見つめるが、いざとなるとその橋を越える勇気がない。橋ひとつ、クルマで渡るだけなら簡単だ。だが、心の距離はあまりに大きい。

ブルックリン橋と言えば「アメイジング・スパイダーマン2」で、恋人の心をつなぎ止めたいスパイダーマンがクモの糸で「I Love You」と書いたのもこの橋だった。

ついでにサム・ライミ版の「スパイダーマン」第1作で、彼が恋人とケーブルカーの乗客の命の選択を迫られたのも、やはりマンハッタンに架かるクイーンズボロ橋だ。ニューヨークのヒーロー、スパイダーマンにとって橋は力の及ぶ範囲を意識させられる場所。ヒーローとしての限界を突きつけられる場面に、それ以上ふさわしい場所があるだろうか。

最後はクルマ誌らしい映画で締めよう。松田優作演じる悪役も印象的だった「ブラック・レイン」。この映画の冒頭で、マイケル・ダグラス扮する主人公の刑事が、カフェレーサー風にカスタムしたハーレー&ダヴィッドソンで橋を渡り、賭けレースを行なう場面。

ここがまさにブルックリン橋のたもとなのだ。刑事ながらバイクでの単独行動を好み、賭けレースに興じるアウトロー。ニューヨークと下町とを分けるブルックリン橋こそは、主人公が正義と悪の境界にいる〝ヤバい男〟であると印象づけるものだったのだ。

映画の中だけでなく、普段クルマやバイクを走らせる時、橋を渡ると気持ちが切り替わる、という人は少なくないんじゃないだろうか。自分にとってその橋は何と何を結ぶものなのか、何と何を隔てるものなのか。そんなことを思って走れば、いつものドライブが、もっとドラマに満ちたものに変わるかも知れない。

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text:山下敦史/Atsushi Yamashita
1967年生まれ。長崎県出身。国際基督教大学卒業。フリーライター、編集者。映画やエンターテイメント、テクノロジーなどの分野で執筆活動を展開する。著書に「ネタになる名作文学33-学校では教えない大人の読み方」ほか。

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