忘れられないこの1台 vol.60 メルセデス・ベンツ 初代SLK

vol.60 メルセデス・ベンツ 初代SLK

アヘッド メルセデス・ベンツ 初代SLK

▶︎メルセデスベンツ初のバリオルーフを採用したオープン2シーターカー。手頃なサイズと価格で、初代発売当初は納車待ち半年は当たり前という人気車種となった。吉田さんは「SLK230コンプレッサー」を1998年に購入。オープンカーでレザーシート+シートヒーターが装着されていたため、その後の愛車にはシートヒーターが必需品となるほど虜になったという。


短大卒業後はプロのモデルの道を歩んでいたのだが、30歳に差し掛かり「この先どうするのか」、と悩んでいた頃に出会った仕事だった。

「少し仕事したら人並みに結婚するのかな~」と思っていたので、それまでは好きなことをやろうと思って始めたのだが…まさかこんなに長く独身で、しかも仕事をしているとは、夢にも思わなかった。

日産でのインストラクター時代は、現在の私の仕事に大きな影響を与え、そこで学んだクルマの知識や運転技術が私にとって「カーライフ・エッセイスト」の基盤となっている。

クルマの免許を取得したのもそう早い時期ではないし、子供の頃は乗り物酔いが激しく、むしろクルマは苦手なほう。それが免許を取ってからは、クルマでの移動が基本となるなんて、分からないものだ。

アヘッド メルセデス・ベンツ 初代SLK

インストラクター時代は、クルマ選びの面でも大きな転機を迎えた。免許取得以来、日産プリメーラを2台乗り継いていたが、ちょうど30歳を迎えることもあり、以前から一度乗ってみたいと思っていた〝赤いクルマ〟、〝オープンカー〟、〝メルセデスベンツ〟…これらのキーワードが全て盛りこまれた「メルセデス・ベンツSLK」を購入したのだ。

しかし、このクルマが手元に来るまでがひと波乱。オーダーを入れてあったはずなのに、途中で入っていないことが分かって、納車予定が遅れたり、当時の「すべてシリーズ」の編集長さんにクルマ選びの相談をしたところ「派手すぎるからやめた方がいい」と助言されたり…。

しかも購入した翌年、日産ドライビングパークはゴーン社長の「日産リバイバルプラン」によって武蔵村山工場の一部として売却されることとなり、閉鎖されてしまった。

それがきっかけで、私は「カーライフ・エッセイスト」へと転身することになる。赤いSLKに乗る姿は華やかに見えたようで、いくつかの雑誌で連載ページを持たせていただいた。

当時はSLKとの出演も多く、誌面にも多数登場させていただいたが、いろいろな媒体の方に当時の写真を貸しているうちに、残念ながら行方不明に。人生を変えてくれた想い出の一枚を、今も探し続けている。

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text:吉田由美/Yumi Yoshida
短大在学中に数々のミスコンに出場し、15個以上のミスのタイトルを獲得。卒業後、モデルを経て2000年よりカーライフ・エッセイストに転身。クルマまわりのエトセトラを独自の目線で表現し、自動車雑誌を中心にテレビ、ラジオなど幅広く活動中。ブログ「なんちゃってセレブなカーライフ」は1日20万PV。
www.hobidas.com/blog/rosso/yoshida/

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