忘れられないこの一台 vol.37 スズキ フロンテ・クーペGXCF

vol.37 スズキ フロンテ・クーペGXCF

アヘッド スズキ フロンテ・クーペGXCF

クルマ好きがフロンテ・クーペGXCFに夢中になる理由などいくらでもある。ジウジアーロが手掛けたスタイリングがまずキレイだし、2ストローク3気筒エンジンが奏でる快音と360cc、36 psという実質リッター100馬力のハイアウトプットも刺激的だ。

そう2代目フロンテは、排ガス規制で高性能車が軒並み牙を抜かれる直前に隆盛を極めた軽自動車のパワー戦争において、無敵の王者として君臨していたのだ。

ナローのポルシェ911に憧れつつ、手も足も出そうになかった21歳のボクが、21年落ちの軽自動車を強く求めた理由は、“リアエンジン”というキーワードに、危険な魅力を感じていたからだった。

思い起こせば、両手の指の数では到底足りない車歴の中で、フロンテ・クーペほどに惚れ抜いたクルマは存在しない。ボクはフロンテで峠やサーキットを頻繁に走り込んでスポーツドライビングを体得し、簡単な修理や整備もこのクルマで覚えた。

当時は暇さえあれば実家の近所にあったスズキ自動車のパーツセンターに通い詰め、1個20円のボルトを12個と、1個30円のサークリップを4個、とか細かい注文をたくさん出しては、店番のおばちゃんを辟易とさせていたのである。

またフロンテ・クーペ関係のレアパーツ集めにも奔走した。初期型にだけ装備されていたFRP製のフロントフェンダーを運良く手に入れることができたのは、個人売買情報のおかげだった。まだインターネットなどなかった頃、日本のクルマ好きは皆、カー・マガジン誌の巻末にある個人売買欄“BAZAR”で貴重な品々を売買していた。

そして、当時駆け出しの編集見習いだったボクの担当こそが“BAZAR”だったのである。つまり誰よりも早くレアパーツが売りに出されることを知ることができる立場にいたのだ。フライングは固く禁じられていたが、いつもジャストスタートを決め、狙った獲物を手に入れていたのである。

とことん愛し抜いていたはずのあずき色のフロンテ・クーペGXCFはしかし、今ボクのガレージにはいない。ボクには仕事柄、自分の愛車について3つの決めごとがある。

まず経験や知識にならない平凡なクルマを買わないこと。
次に色々なクルマを所有しそこから学ぶべきなので、同じクルマを2度所有しないこと。
最後は「売ってほしい」という人が現れたら、売り時であること。

蜜月が2年ほど続いたある日の深夜、フロンテの傍でずっとボクが現れるのを待ち伏せていたエンスージァストによって、フロンテは旅立っていった。「同じクルマを2度所有しない」。果たしてボクはいつまでこの禁を守ることができるのだろうか。

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text:吉田拓生/Takuo Yoshida
1972年生まれのモータリングライター。自動車専門誌に12年在籍した後、2005年にフリーライターとして独立。新旧あらゆるスポーツカーのドライビングインプレッションを得意としている。東京から一時間ほどの海に近い森の中に住み、畑を耕し薪で暖をとるカントリーライフの実践者でもある。

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