なぜ私はSUZUKIなのか vol.5 夢のバイクと過ごした日々

vol.5 夢のバイクと過ごした日々

アヘッド 夢のバイクと過ごした日々

バイクに夢中だった僕は、20歳で普通自動車免許取得よりも先に限定解除を果たし、すぐにGSX750S(カタナ)1型のオーナーとなった。当時このスタイルのカタナは750㏄以上しか存在していなかったので、乗るためには限定解除が必須。夢にまで見た名車を手に入れた幸福感は何ものにも替えがたかった。3年で5万キロほど乗り、その後1000カタナ、1100カタナと乗り継ぐ。

そして若さを武器に、重くクセのあるハンドリングのカタナを何とか自分のモノにしようとチャレンジを重ねた。今思うと決して褒められた行為ばかりではないかもしれない。それでも今、バイク雑誌で記事を書く仕事ができる土台はカタナによって培われたと言っても過言ではない。

カタナを通して多くの出会いがあった。そのひとつが当時、まだ数少なかった単一車種のオーナーズクラブ「KATANA会」に入会したこと。数年後には副会長に任命され、会長の補佐としてツーリングやイベントの切り盛など色々な体験をさせてもらった。

その時にスズキというメーカーの懐の広さを知ることとなる。エピソードのひとつは竜洋テストコースでオーナーズクラブのミーティング&走行会を開催させてもらったこと。

考えてみれば型落ちのカタナをとことん愛するオーナーばかりである。メーカーにしてみれば新規乗り換えも期待できないユーザーではないか。それなのに休日返上で貴重な場所を提供し、我々に忘れることができない思い出を残してくれたのだ。ユーザーに対して真摯に向き合ってくれるメーカーなのだと実感した。

オーナーズクラブでは別の衝撃的な出会いもあった。それはあるショップが製作したサイドカー付きのカタナである。カタナと流線型のカーとの組み合わせがあまりに似合っていたのだ。しかも図太い低速トルクを持つカタナのエンジン特性はサイドカーにもあっていて、想像以上に軽快な走りを見せた。

何度か乗せてもらうとすっかり惚れ込んでしまい、自分もカタナサイドカーのオーナーになった。その後もそのショップが製作するサイドカーはスズキ車が多かったように思う。タフで扱いやすいスズキ車の特性がサイドカーに向いていたではないかと思うのだ。

スズキというメーカーやスズキ車には数多くの思い出があり、そのどれもが今の自分の在り方に大きな影響を与えている。だから今でも車検が切れたカタナを手放すことができない。そして、自分がもう少し成長したら復活させて再び走り出したいと夢見ている。

カタナ、GSX-R、ハヤブサなど、バイクという乗り物に大きな〝夢〟を感じさせてくれるモデルを世に送り出し続けてくれるスズキに心から感謝を送りたい。

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▶︎ハンス・ムートが牽引する「ターゲットデザイン」によって生み出されたシャープなスタイリングを持つGSX1100Sカタナは、当時最強のパワーを持つ空冷4気筒エンジンを搭載。その豊かなトルク特性は、サイドカーにもマッチしていた。

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text:横田和彦/Kazuhiko Yokota
1968年生まれ。16歳で原付免許を取得。その後中型、限定解除へと進み50ccからリッターオーバーまで数多くのバイクやサイドカーを乗り継ぐ。現在はさまざまな2輪媒体で執筆するフリーライターとして活動中。大のスポーツライディング好きで、KTM390CUPなどの草レース参戦も楽しんでいる。

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