アストンマーティンのダンディズム

アストンマーティンのダンディズム

アヘッド アストンマーティン

▶︎アストンマーティン「DBS」は、モーターショーより先に、映画『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)で発表された。このことからもアストンマーティンと007シリーズの関係の深さが伺える。この映画は新ボンドとして注目されるダニエル・クレイグが主演した最初の作品である。続編『007慰めの報酬』(2008年)でも「DBS」は大活躍。オープニングから派手なカーチェイスを繰り広げた。


確かに19世紀にはそうだっただろう。でも、時の経過とともにクッキリと浮き彫りになってくるものというのがある。時間の流れに延々と磨き上げられてきた今、もはやダンディズムとは表面的なものではなく、心の中に静かに強く根を張る、いうなれば〝美学〟や〝生き方〟のようなものへととっくに昇華しているのだ。何かを飾るためのものでもなければ、誇示してみせるものでもない。自然と滲み出てくる類のものなのである。

だからアストンマーティンに触れるたび、決まって僕は思うのだ。これほど〝ダンディズム〟という言葉が似つかわしいスポーツカー・ブランドはないな──と。

何せアストンマーティンは、例えばそのスタイリングデザインにおいて、ワル目立ちするような無駄に派手な装いをして威張り散らしたりはしない。いや、優美であることに間違いはなく、それは誰しもが認めるところだろう。

クルマのスタイリングには黄金比みたいなものがある。フロントセクションとリアセクションの長さや高さのバランス、ノーズの伸び方とフロントウインドーの角度のバランス、ウエストラインの流れ方とルーフのボリュームや形状のバランス、フロントフェンダーの張り具合とリアフェンダーの膨らみ具合のバランス、胴のくびれ具合──。

並べればキリはないが、あらゆる部分に黄金比を生む要素が隠れている。それらのサジ加減ひとつでケバくもなれば地味にもなるわけで、アストンマーティンはそこが絶妙なのだ。だから美しいけれど決して過剰ではなく、まるで彼らの考える〝身だしなみ〟の水準が高いだけなのだ、と思えるような泰然自若としたスタイリングを生み出せる。彼らは声を大にして主張するようなことを良しとはしないのだ。

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▶︎アストンマーティンと007を結びつけたのは1964年に公開された『007ゴールド・フィンガー』のボンドカーである「DB5」だ。翌年公開の 『007サンダーボール作戦』でも「DB5」はボンドカーとして登場している。この2作品によって、秘密兵器を装備するなど、ボンドカーのキャラクターイメージが決定付けられた。ダニエル・クレイグ主演の『カジノ・ロワイヤル』(2006年)や『スカイフォール』(2012年)では、トリビュート的に「DB5」が使用されている。


それはパフォーマンスの面においても、実は全く同じだったりもする。スーパースポーツカーの世界では、スペック表に書き込まれる数字がある種の生命線。

とりわけパワーの数字は、それが大きければ大きいほどそのクルマの性能が高いという判りやすい基準として機能しがちだからだ。パワーウォーズというのは、だからこそ始まって、だからこそ果てしない。

同じ自然吸気のV型12気筒エンジンを搭載するフラッグシップモデルで較べるなら、2012年デビューのフェラーリF12ベルリネッタは740ps。2011年デビューのランボルギーニ・アヴェンタドールは700psと水をあけられていたが、つい先日、750psとF12を凌ぐ数字を誇る最新モデルを発表した。おそらくフェラーリはすぐにF12を770ps辺りまでパワーアップすることだろう。

ところがアストンマーティンのV12ヴァンテージSはどうかといえば、2013年登場の最新版ですらたったの573psに過ぎない。なのに全く焦った素振りもない。

この3月にお披露目されたサーキット専用車のヴァルカンでは自然吸気のまま800psを達成してるのだから、やろうと思えばいつだってできるのだ。しかも基のV12は2005年から2012年にかけてGTレースを戦い続け、何度も栄冠を勝ち得ながら実戦で鍛え上げてきてる熟成品である。

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▲2011年の『ロイヤルウエディング』でウイリアム王子がキャサリン妃を乗せてパレードしたクルマはアストンマーティン「DB6 Volante(オープン)」だった。このクルマは父親のチャールズ皇太子が21歳の誕生日にエリザベス女王からプレゼントされたもので現在は余剰ワイン等を燃料にして走行できるように改造されている。この日のためにウイリアム王子が「DB6」の運転を練習していた話は有名で結婚を機に父親のクルマを息子が譲り受けたのである。英国王室御用達のブランドに贈られる「ロイヤルワラント」をアストンマーティンは取得している。


つまり、数字の上のパワーウォーズなんかに興味はないのだ。ロードカーである以上、いくら数字を引き上げてもそう使い切れるものじゃないし、コンマ1秒を争うわけでもない。ならば刹那を追い求めるのではなくもっと大切な部分に力を注ごう、という哲学めいた考え方がそこにある。

だからアストンマーティンのV12は、存分に速いだけじゃなく、とても芳醇だ。力強く獰猛だけど柔らかくて優しい。激しさと鋭さと熱さ、まろやかさと滑らかさと快さ。それらが綺麗に同居する。そうした味わいはアストンマーティンのV8モデルも含めた総てのロードカーに共通していて、伝わってくるものの芯は一緒。据えた軸足には微塵もブレがないのである。

お判りだろうけど、僕はひとりの男としてアストンマーティンに惹かれている。いつか手に入れたいと願っている。けれどお気楽な金額じゃないから、あるいは望みを果たすことが叶わないかも知れない。

でも、仮にクルマを手に入れることができないにしても、死ぬまでのどこかのタイミングで、もしかしたらアストンマーティンみたいな男にはなれるんじゃないか?なんて思っていたりする。いや、そんなことは誰を相手にしても絶対にクチにはしない。だって、〝誇り〟とは内に在るべきものなのだから。

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▼2002年に公開された『007ダイ・アナザー・デイ』でアストンマーティンが15年振りに007シリーズに復活する。BMWのイメージが強かった主演のピアース・ブロスナンだが、本作ではアストンマーティンの「ヴァンキッシュ」(初代)をドライブした。この作品をきっかけに「007ボンドカー=アストンマーティン」のイメージが再確立される。映画がヒットしたことと「ヴァンキッシュ」の登場によってアストンマーティンは再びメジャーな存在となった。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。

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