ランボルギーニ・ミウラ 50周年

ランボルギーニ・ミウラ 50周年

アヘッド ランボルギーニ・ミウラ

ミウラはミドシップ・ランボルギーニの原点であり、同時に僕達が〝スーパーカー〟と耳にしてパッと頭に思い浮かべるクルマ達の始祖といえる存在でもある。

何しろ〝常識外れのスタイリング〟をした車体に〝ケタ外れのパワーを誇るエンジン〟を〝ミドシップ・レイアウト〟で搭載していて、何よりも言葉で表せないほどの〝強烈なインパクト〟を放っている。

スーパーカーというものに定義などないが、1970年代半ばからの第1次スーパーカー・ブームを知る僕達にとって、さすがに「いかにも!」に思えるその4つの要素が揃っているクルマを、スーパーカーじゃないとは絶対にいえない。

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ミウラが発表された1966年当時、高性能スポーツカーは他にいくつもあったが、そんなクルマは他には存在していなかった。ライバルのフェラーリは275GTB、マセラティはギブリ。ともに高性能であることに疑いはない素晴らしく魅力的なスポーツカーではあったが、いってしまえばフロント・エンジンのGTだし、古典の継承であるがゆえにインパクトが強烈ともいいづらい。

でも、ミウラはミウラになる前からインパクト抜群だった。完成車としてデビューを飾る4ヶ月前の1965年11月、ランボルギーニは〝TP400〟というV型12気筒エンジンを横置きにミドシップ・マウントしたシャシーを、トリノ・オートショーに展示した。エンジン+シャシーのみ、である。

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当時、ミドシップの市販スポーツカーとしてルネ・ボネ(マトラ)・ジェットとデ・トマソ・ヴァレルンガが先にデビューしていたが、排気量はそれぞれ最大1.3リッターと1.5リッターでパフォーマンスは強力とはいえなかったし、そもそもポピュラーなレイアウトではなかった。

一部のレーシングカー用と思われていたミドシップ・レイアウトが、かつてないパフォーマンスを予感させる4リッターの強力なV12を積んで、しかもそれがどういう構造なのか目で見てハッキリと判る裸のままの姿で展示されたのである。

その衝撃にやられたのか、どんなクルマになっていくのかが全く判らないままのこの時点で、いち早く予約金を支払った顧客すらいたという。

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1966年のジュネーヴ・ショーで、ミウラと名付けられたボディ付きのTP400を見た人達は、もっと強烈な衝撃にやられたことだろう。

50〜60年代のイタリアン・クーペ・デザインの集大成のように思えてならないスタイリングが、あまりにも美しかったからだ。ランボルギーニはいきなり、100を超えるバックオーダーを抱えることになったらしい。

─いや、ミウラの魅力に関して語り始めるとキリがないから、ヤメておこう。それにその真実は〝ミウラ、好きだなぁ……〟と感じるあなたや僕の心ひとつひとつの中にあるのだから。

今や僕ら庶民が手に入れることなど願うこともできない値段で取り引きされるようになってしまったが、相場が上がり続けているのも〝ミウラ、好きだなぁ……〟な人が少しも減っておらず、その気持ちの強さが衰えていない証。今年、ミウラは生誕50周年を迎えたわけだが、今日でも深く強く愛され続けているのである。

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だから、アニバーサリー・イベントがたくさん行われている。ランボルギーニ本社主催の20台のミウラによるツアー・イベントや、映画『ミニミニ大作戦』で崖から落とされたその地をリベンジ走行するイベント、そして日本でも自動車ジャーナリストの西川 淳さんが主催した北野天満宮での〝ヘリテージ・ランボルギーニ・ギャザリング〟が開催されるなど、ミウラは世界のあちこちで何度も何度も祝福されている。そんなクルマが他にあるとは聞いたこともない。

僕達は何ができるわけでもないけど、大なり小なり夢を見させてもらった感謝の気持ちを込め、写真でも眺めながら祝杯をあげることにしよう。こういうクルマの存在を、心の中で過去のモノにしてしまってはならないのだ。自動車文化のためにも、未来のためにも、そして何より自分が豊かな気持ちを持ち続けていくためにも──。

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▶︎世界から20台のオーナーが参加してイタリアで開催された“ミウラ・ツアー”。ランボルギーニの本拠であるサンタアガータを起点にパルマやヴィアレッジョなどを経由してフィレンツェまでの500㎞を、途中で様々な催しをはさみつつ5日間かけて走行したオフィシャル・イベントだ。ミウラの生みの親であるパオロ・スタンツァーニと前夜祭を楽しみジャンパオロ・ダラーラを訪ねるなど、濃厚な50周年イベントとなった。

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text:嶋田智之/Tomoyuki Shimada
1964年生まれ。エンスー系自動車雑誌『Tipo』の編集長を長年にわたって務め、総編集長として『ROSSO』のフルリニューアルを果たした後、独立。現在は自動車ライター&エディターとして活躍。

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